第3章 隠家
「それは…確かにそうかも知れません。
有難うございます」優凪は深々とお辞儀をした。
「でも、仕事の邪魔になってしまいそうです。それは」
不安げに聴く彼女に被りを振る。
「構わない」
私の仕事にはマフィア特有の危険性はかなり低い。
そう言うと彼女はそんなに特殊なお仕事なのですね、分かりました、と言って荷物を取りに寝室に戻った。
何か勘違いされているようだ。優凪と話していると、少し風変わりな回答が返ってくる。嘗ての日々には無い、案外愉しいものだ。
彼女の去る背中を見送り、私も仕事の用意を始めた。
まだ装備していなかったレザー・ハーネスを装備し、拳銃嚢に使い慣れた9mm拳銃をセットする。クローゼットからトレンチコートを取り出し羽織る。
テーブルの上に置いていた携帯を手に取り、或る番号をダイヤルした。数回のコールの後に、低い不機嫌な声が響いた。
「はい」
「構成員の織田です。緊急の事態の為、ご報告致します」
「緊急?君の仕事に緊急なんてあるものかね」
ハッ、と電話の向こうーー幹部派閥の何処にも属していない私の連絡係である構成員が溜息を付いた。
「一応聞こう。要件は?」
「はい。先日の朝死亡されたとされる総合病院の両親についてです。」
「……その件なら、昨日話が上がってきている。ポートマフィア御用達の病院と云う事も踏まえた上で、何処かの組織が喧嘩を売って来たんだろう。現場の後処理も済んでいる」
「その被害者夫妻には、幼い少女がいた筈です。名前は橘優凪。10歳の虚弱な少女で、事件時にも居ました」
「……何?」構成員の声から、動揺しているのが見て取れた。
「今、私の自宅で保護しております。ですが、先日共に出歩いた際にも襲撃を受けております。その為、仕事にも同伴してもらおうと考えています」
「そうか…分かった。此方はそのような少女を保護した、という話はない。上に掛け合って何か無いか聞いておこう。お前はそのまま少女と同行してくれ」
「ご助力、痛み入ります」私は頭を下げた。
電話を切り、玄関へと向かう。
待っていた彼女を見る。
「準備は大丈夫です。」
「待たせたか?」
「?いいえ」彼女はこういう時にふわりと安心させるような微笑みをする。
「行くか」
「はい!」
二人で家を出る。其れもまた、新鮮な感覚だった。