第3章 隠家
織田作さん……彼は一体何者何だろうか?
抑も何の仕事をしてる人なんだろう。昨日は偶々街で逢ったのだし、休日だったのだろうけど…
昨日から数え切れない位お世話になっているのに、名前以外の殆ど彼のことを知らないのは、矢張り気まずい。
そこまで考えて、優凪ははたと気付いた。
私、織田作さんの事を識る以前に自己紹介もしてない……
先ずは自分について話して、その上で両親の殺害事件と自身の襲撃事件について協力をお願いしてみよう。
「……よし!」
誰はともなくガッツポーズして気合を入れた。家族以外の他人と話す事自体が貴重な優凪にとっては、重要な事だった。
ちょうど部屋の外から何やら美味しそうな匂いがする。若しかしたら朝ご飯を作っているのだろうか。
優凪は少し緊張する胸を押さえて、部屋の扉を開けた。
******
「…ん…」
この家の主ーー織田作之助が目を開けると、其処は見慣れた天井では無かった。一瞬だけ戸惑い、直ぐに昨日はソファーで眠っていた事を思い出す。
(そうか、昨日は彼女に寝台で寝てもらったからか)
心中で呟き、横たえていた体を床に垂直に起こした。ソファーだからベッドより寝心地は佳くないが、疲れが取れない程でもない。
軽く乱れた頭髪を手で梳かしながら、彼女ーー橘優凪の眠っている寝室に視線をやる。ドアは閉まっていた。
私は子供は勿論、他人と一緒に暮らす経験が無かった。だからこそ、昨日彼女に自宅に来ないか提案した事に自分で驚いた。
子供は一体何時くらい迄眠るものなのだろう。
時計は未だ七時前を示していた。今日は仕事があるから、優凪に付きっきりでは居られない。もう少しそっとしておいて、出勤直前にでも言付けるか、書き置きでも残そう。
私は寝室着を脱ぎ捨て普段着の襟衣に袖を通し、ズボンを穿いた。
先に珈琲を淹れる準備をしながら、今日消費期限だったパンを口に銜える。そして同時にフライパンにカナディアン・ベーコンを焼き、卵を割ってスクランブルエッグを作った。更に同じ料理をもうワンセット作る。勿論優凪の分だ。
珈琲が出来上がり、カップに注ぐと芳ばしい香りがふわりと室内を漂った。テーブルに料理を並べた所でカチャリ、と寝室のドアが開く。
待ちかねていた少女のお出ましだった。