第16章 小さな手
「あら、どこ行くの?」
リビングでくつろぐミコトは、階段から響く足音に反応し、玄関の方に聞こえるように、声をかけた。
「少し花奏…ちゃんと、散歩してきます」
どうも言い慣れないな。
イタチは1人、苦笑いを浮かべた。
西日が差し込み、外が暖かくなってきた午後3時ごろ。
廊下を歩き、玄関に腰掛けて靴を履いた。後ろにいる己の影分身は花奏を抱いている。
忍とは便利なものだと、イタチは素直に思い、振り返った。
「クワァッ……」
ちょうど花奏は2回目の寝起き。大きな口を開けて、目端に涙を浮かべて目はうつろ。
くりくりの大きな目が半分も開かない。小さな指で何度もこすり、「眠いなぁ……」と言いたげ。
玄関の強い西日に花奏は嫌がり、影分身であるイタチの胸に顔を埋めた。
「……まぶしい?」
聞いても返事はない。すると、
「なんて言ったの?」
と話し出しそうな顔で、花奏は顔だけ反対側を見た。
自分の頬が気づかぬうちに緩んでいる。イタチは西日の影を作り、眩しさを防いであげた。
「おいで」
優しい声でイタチは手を上げる。影分身から赤子を受け取り、横向きに抱っこした。
「どこに行くの?」
と言うように、きょろきょろと
右や左を見る花奏。
「散歩だよ」
「あぅ……あ、」
柔らかな茶色いクセ毛が腕に触れる。あたたかい体温。赤子のミルクの匂い。イタチは花奏を抱くと心地良かった。
「行こう、……花奏さん」
最後の「さん」だけ小さな声で言った。「花奏ちゃん」など、どうも慣れない。気恥ずかしい。
術を解き、ふわりと消える影分身。
そのまま戸口を開けて、足を一歩出したが、すぐに足を止めて、踵を返した。玄関の棚に置き忘れたモノを花奏に渡す。網のボール。すでにお気に入りだ。
渡されたボールを、小さな歯ぐきで、
はむはむと軽快に噛む。
手に触れるもの、口に触れるもの、
すべてを口に入れて確かめたい。
持ちやすい網のボールは最高だ。音が鳴るメリーも、花奏は起きているとき、ずっと目で追った。メリーを取りたいのか腕を伸ばしたり、声を出した。
イタチはそんな愛らしい赤子の姿に
つい、微笑んでいた。