第5章 青色ドロップ
ーー幸村くんは、彼女のことどう思ってるんだろ。
ぼんやりとそんな事を思った。彼女に向ける笑みは、自分に向ける笑みと全く一緒で。だからこそ、焦りを感じずにはいられなかった。
「楽しみだなぁ、ふふ」
底なし沼に沈みながら、思考の海に潜っていた名前は弾んだ声でそう呟いた幸村の声にはっと我に返った。
ーー幸村くんは、楽しんでいるのに私は…。馬鹿野郎!私も楽しまなきゃ!
名前は心の中でそう呟き、心の中で豪快に笑って見せた。
脳裏にチラついていた彼女は先程よりもほんの少し薄れた気がしたが、胸の痛み同様に、消えてはくれなかった。
それから二人は肩を並べ、美術館の中をゆったりと見て回った。
美術館という所に入るのが初めてな名前は、なにもかもが新鮮で、目を輝かせ食い入るように見つめる彼女に幸村は笑っていた。
しかし、そんな幸村の目もきらきらと輝いていて、心の底から今の時間を楽しんでいるという事が分かって名前はそこでやって、満面の笑みを浮かべることが出来た。
幸村が見たいと言っていた印象派展というものが、普段のそれとなにが違うのか名前にはいまいち分からなかったが、とても楽しく見て回ることが出来た。
それは、初めて美術館に訪れたからということもらあるが、名前が目を輝かせなにかを見る度に幸村が耳元でひっそりとそれについて教えてくれたから…という事が大きいだろう。
初めて見た数々の作品たちは、幸村の声と共に脳にインプットされ名前のそこから二度と抜け出ることはないだろう。
「はぁ、良かった…感動したよ。見たいものが見れて。しかも、名前が隣に居るなんて、俺は幸せだね」
美術館を一通り巡ったあと、美術館外にあった小さなカフェにはいって早々に、幸村は柔らかな笑みを浮かべながらそう言葉を紡いできた。
春の花々が植えられたテラス席で二人向かい合う形で腰掛ければ、あたたかな春風が弱く吹き抜け心地が良かった。
「…幸村くんはキザだなぁ。けど、私も楽しかった。初めて美術館来たからどれもこれも新鮮だったよ」
幸村の言葉に照れくささから、花にとまり羽を休める蝶に視線を注ぎながら、名前はそう返した。
テラス席には二人しか客がおらず、とても心地よい時間が流れている。