第32章 裏切り者達
皆が固唾を飲んでエレンを見つめる中、
「できそうかどうかじゃねぇだろ…」
静寂を破ったのは、リヴァイ兵長だった。
「やれ…やるしかねぇだろ」
「は、はいっ!」
有無を言わさぬ命令に、エレンはいつもの調子を取り戻し、弾かれるようにして返事をした。
一見すると、高圧的な兵長の態度。新兵でなくても縮み上がりそうな迫力だ。だけど…私が深読みしすぎだろうか?兵長はエレンのためを思って、わざとあんな風に言ったのではないかと、私にそう感じられるのだった。
エレンが自発的に「出来ます」と言って結局作戦が失敗してしまえば、「口だけの奴だ」と、どうしたってエレンを責める空気が生まれてしまう。だけど…兵長が命令したことなら…失敗しても「上が無茶な命令をするから…」という逃げ道が生まれる。エレン一人だけが責められるようなことが無くなるという訳だ。
(あの一瞬でそこまで考えたのだろうか…?)
馬の手綱を握りながら、すぐ後ろに座っている兵長のことを考える。
(きっと…そうだろうな。兵長はとても優しい人だから…)
兵長はきっと誰よりも繊細で優しい。粗暴な言動の影で、実はみんなの事をいつも細やかに見てくれている。…人類最強と言われるほど強いのに、こんなに優しい。そんなところがたまらなく好きなんだ…。
兵長と私じゃ全くつりあいがとれないし、ましてや想いを伝えるなんて身の程知らずな事は絶対にしない。だけどこっそりと想う事くらいなら、許してもらえるだろうか。