第31章 幸せ
「へ、兵長?!」
突然のことに驚いて私はもがいたが、力強い二本の腕の中では全くの無意味だった。
背中に回された両腕のたくましさは、服を通してでもはっきりと伝わってくる。そしてそれは腕だけではなく、ぴったりとくっついた厚い胸板からも。
ぎゅううう、と両腕に力が込められて、少し…いやかなり苦しい。どんどん強くなる締めつけに、このまま背骨を折られるのだろうかという不穏な想像が頭をよぎったとき、耳のすぐ横から、ズッと鼻をすする音が聞こえた。
その音を聞いて、もがいていた私の身体はピタリと止まった。
ぐっ、ぐっ、と肩口に兵長が顔を押し付けてきて、肩が痛い。だけど…私はそれから逃れようとは思わなかった。兵長のたくましい背中に手を回すと、そっとさすり始めた。繰り返し繰り返し。さする度に、その背中が僅かに震えているのを感じる。耳元から聞こえてくる鼻をすする音も、どんどん間隔が短くなっていく。
だけど私は何も言わないで、まるで小さな子どもをあやすようにして、兵長の身体を抱いていた。
しばらくそれを続けたところで、身体は離さないまま、兵長が耳元でボソボソと話し始めた。
泣いているせいか普段のハスキーな低音が震えていて、耳元でそんな声を出されると不謹慎ながらゾクゾクと背筋が痺れるような感覚がするのだった。
そう意識した途端、今頃になってから私は自分の置かれている状況を理解して、心臓がドキンと大きく脈打った。
こ、これは…マズイ!全力疾走した時みたいに心臓がバクバクと高鳴っている。ぴったりとくっついた胸からこの鼓動が伝わっていって、兵長にバレてしまうんじゃないだろうか。