第31章 幸せ
「…俺のも描いてくれるか?」
「え?」
そろりそろり、と身体を離しにかかっていた私は、ビクンと硬直した。
「俺が死んだら、俺の肖像画も描いてくれるか?」
ぐうっ、と一際腕に力が込められ、僅かながらに離れていた胸がまたぴったりとくっついて、背骨がミシミシと嫌な音を立て始めた。
だけど…不思議とその痛みは心地よかった。別にマゾヒスティックな意味ではないけど、普段は人形のようにポーカーフェイスな兵長の感情を感じられたような気がして、それがとても嬉しかったのだ。
だけど、問われた内容は…全然嬉しくない。
「…描きません」
私の返答にビクリと兵長の身体が揺れた。そして、一層低音になった声が耳元で発せられる。
「なぜだ」
ドスが効いていて怖いけれど、多分今の兵長の鼻は真っ赤なんだろうなと想像したら、怖さなどどこかに吹き飛んでしまった。
「死んだら、なんて言わないでください。もしも兵長がそんな事になったら、私は絶対に描きませんからね。だから…」
「…なんだ」
「今度、兵長の絵を描かせてください」
思い切って言った言葉に、兵長は黙ってしまった。少し、調子に乗りすぎたのかもしれないと心配になってきたけれど、そんな考えもすぐに消えた。
「…分かった。いいだろう」
耳元で聞こえた小さな声は、何故だかとても嬉しそうに聞こえたのだった。