第5章 幼馴染
あと、あれは何歳くらいの頃だったろう?
エリクが、どこに行くにも私の後をくっついて離れないくらいの時期のことだったから、確か8歳くらいだ。
その日も雨で、ライデンはうちに遊びに来ていた。
「なぁ、ラウラは将来何になりたいんだ?」
「ん、え?」
私は、最近父さんから習い始めた油絵が面白くて、ペンティングナイフでペタペタとキャンバス上に立体的なラクガキをするのに集中していたから、唐突に尋ねられた問いに間抜けな声を上げてしまった。
「しょうらい、って何?」
私は絵のことばかりに意識が行ってしまう子どもだったから、ライデンみたいに本を読んだりしなくて、たまにライデンの言っている言葉の意味が分からないことがあった。
「将来ってのは、大人になった時のことだよ。みんな言ってるだろ?花屋さんになりたいとか、繕い屋さんになりたいとか、お嫁さんになりたいとか」
「うーん…大人になったら……?」
私は毎日絵のことだけで頭がいっぱいだったから、そんなに何年も先のことなんて考えたこともなかった。
未来の事を考えると言っても、せいぜい明日はどこに行ってスケッチをしようとか、父さんにあの絵の描き方を教えてもらおうとか、そんなことぐらいだった。
そんな私に比べてライデンは、もう大人になった時のことを考えていたんだ。ライデンはすごいなぁ。本をたくさん読んでるから、やっぱり頭が良いんだな。
じいっ、とライデンのまっすぐな瞳が見つめてくるものだから、私は普段あまりしないくらい頭をグルグルと必死で回転させた。
しょうらい、おとなになったら、なりたいもの…?
ふと手元を見下ろすと、色とりどりの絵の具が乗ったパレットがあった。
その瞬間、ぴんっと、たった一つしかないものに突き当たったような感覚がした。
「私は、父さんみたいな画家になりたい」
そう口に出してみて、ますます自分の答えはこれ以外に無いのでは、という思いが強くなった。これ以上頭を回転させても、恐らく他には何も出てこないだろう。
きっとこれが唯一の答えなんじゃないかと、子どもながらに思った。