第30章 ささやかな代償
シンと静まり返った食堂で、最初に口を開いたのはペトラだった。
「私たち…酷い顔してる」
ペトラはその細い指で、スケッチブックに描かれた自身の顔をなぞった。
恐怖で顔を引きつらせた自分達が、今にも泣き出しそうなエレンを取り囲んで刃を突きつけている。
克明に描き出された自分達の顔を見下ろして、四人の胸は罪悪感でズキズキと痛み始めた。だがこれは今初めて生まれた感情ではなく、エレンに向かって刃を抜いた時から胸の中にあったものだった。
「なぁ…あの時の俺たちの判断は正しかったのだろうか?」
グンタさんが言う。
「俺たちはアイツを抑えるのが仕事だ。…間違っちゃいねぇだろ」
苦い顔をしながらも反論するオルオに、今度はエルドさんが口を開く。
「確かにその通りだ。あの状況でもしエレンが暴走したら、俺たちが止めなくちゃいけなかった。だが…本当にエレンにそんな意思があったのか?俺たちに、敵意があったのだろうか?」
今にも泣き出してしまいそうな表情をしたエレンの絵を、エルドさんの長い指がなぞる。
「確かに巨人化はしたが…、あいつは…あいつ自身もなぜああなったのか分かっていなかったんじゃないか?」
エルドさんの言葉に同調するように、グンタさんとペトラも言う。
「あいつは俺たちに何かを言おうとしていた。なのに俺たちは…あいつの言葉を聞いてやらなかった…」
「恐怖でみっともなくうろたえて…私たちは、エレンの気持ちを何も考えてあげなかった」
「ちっ…」
オルオの小さな舌打ちが、静かな部屋の中でやけに響いて聞こえた。
ペトラ達の会話を聞きながら私は、いまだに次々と溢れてくる涙が、床にポツポツとシミを作っていくのを見つめていた。