第30章 ささやかな代償
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いつの間にか詰めていた息を、ふうっ、と吐いて、私は鉛筆を置いた。
覆いかぶさるようにして描き込んでいたスケッチブックに写し出された絵をまじまじと眺めていると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「おい、終わったのか」
反射的に見上げるとそこには、夕陽を背にしてこちらを見下ろしてくるリヴァイ兵長の姿があった。
逆光のため顔は黒くなり表情が読み取れないが、声色から察するにあまり機嫌は良くなさそうであった。
「は、はいっ!」
慌てて立ち上がって、その時初めて私は、自分が地面に四つん這いになって絵を描いていたことに気がついた。鉛筆を握っていなかった方の手のひらと、両膝に土や草がたくさんついている。
ふと辺りを見回せば、先程まで設置されていたテーブルや椅子などはすっかり片付けられていて、周囲にたくさんいた兵士達の姿も無くなっていた。
どうやら自分はまた、長い時間絵に没頭して周りの者たちに迷惑をかけてしまったらしいと、私は瞬時に理解した。