第9章 つんでれアクアマリン【A×O】
翔ちゃんが出ていくと直ぐに、智くんが入ってきた。
「いらっしゃいませ…」
少し猫背の彼の姿に、追い出した筈の夢の姿が重なって、一気に心拍数が上がった。
「よ、よろしくね、さ、智くん!」
カミカミの俺を変に思ったのか、感情の無い上目遣いで一瞬だけ視線をくれ、
「では、イス倒します」
智くんは、事務的な口調でイスの操作をしようとした。
その前に…
「あ、あのさ!」
智くんがじっと俺を見つめた。
その瞳に、ゴクリと喉が大きく鳴った。
「あ、あの…この間はありがとう!ニノちゃんが、智くんのこと頼りにしてるって、よく分かったし…」
「…そんなこと、どうでもいい、ですよね」
あ、そうじゃなくって!
そんなこと言いたいんじゃなくて…
「俺さ、俺、あの時、智くんに失礼なこと言った、よね?ごめんね、気を悪くさせて…
あ、でも、変な意味じゃ、全然なくてさ…何て言うか、その…」
「人のこと、ゲイのオブザーバーって。
それが変な意味じゃなくって、何なんすかね?」
「え……あ、いや、だから、あの…」
「別にいいですけどね。ゲイなのはホントのことだし」
「ごめんなさい!俺、バカだから、思ったことつい、口に出しちゃって…
ホントに、申し訳なかかったって…ずっと、気になってて…」
イスの上でだけど、俺は精一杯の気持ちを込めて、深々と頭を下げた。
智くんは、焦ってしどろもどろの俺を、
黙って見ていたけど、
小さくため息を吐いてから、
「分かりました。もう、いいですから…
イス、倒しますよ?」
そう言って、今度こそホントにイスを操作した。
最初より、少し口調が柔らかくなったのは、俺の気のせい?
その時……
顔に薄い布を掛けてくれたとき、一瞬香った智くんの甘い香りに……
俺の心拍数は上がった。