第1章 真島という男
――ガチャ。
マンションに着いたのはあれから15分後。
家の中は明かりが消され、シーンと静寂に包まれている。
雅美は物音立てずに廊下を歩くとそのまま自分の部屋に直行した。
食事は店の賄いが出るため、後は風呂に入って寝るだけ。
部屋に入った雅美は電気をつけてバックを小さなテーブルの上に置き、そのままベッドへ倒れ込んだ。
「疲れた……」
毎日立ちっぱなしの仕事はさすがに辛い。
家に帰る頃になると足に重りがついているかのように、歩くのさえしんどくなる。
まだ20代とはいえ、疲労が蓄積されては簡単に休まる事も出来ないのだ。
「よいしょっと……!」
重たい体を再び起こしてコートを脱ぐ雅美。
そしてベッドから降りてハンガーにかけようとした時、コートのポケットから何かが床へと落ちた。
それに合わせて目線を下にやると、
自分の足元に袋に入った飴玉があった。
「そういえば真島さんから貰ったんだっけ……」
雅美の顔に自然と笑みが零れる。
そして体を曲げて飴玉を取ると、袋を開けてそのまま口の中へほおりこんだ。
真島はいつも店を出る間際に飴玉をくれる。
“仕事頑張ってな~。ほい、おだちんやで”
そう言って、
ジャケットのポケットから飴玉一つ出して、私の手の平に置く。
黒い革手袋の感触しか感じ取れないが、真島の気遣いはしっかりと伝わってくる。
だから回りが冷たくあしらっても、
自分だけは絶対に偏見の目で見ないと決めていたのだ。
真島がどんな人間だとしても、心の中までは見透かす事など出来ないのだから。
「今日はイチゴ味だ」
口の中に甘い香りと味が目一杯広がり、雅美は笑みを浮かべる。
疲れた体にはうってつけの薬かもしれない。
――ガチャ。
その時、突然部屋の扉が開いて雅美は咄嗟に後ろへ振り返った。
「おかえり、雅美」
不敵な笑みを浮かべ雅美に声をかけて、室内に入ってきたのは叔父だった。
「もう、寝たんじゃ……」
誰も起きていないと思い込んで、すっかり安堵感でいっぱいになった雅美の顔色が一気に青ざめる。
「何言ってるんだ。俺はお前の帰りを待っていたよ……」