第1章 真島という男
「ありがとうございました」
本日最後の客を見送った雅美。
空いた皿とコップを片付けトレーに重ねて、厨房へ運ぶ。
その時ふと目に入った店内の掛け時計は夜10時過ぎを差していた。
――真島さん、本当に待ってるのかな……?
たしかにあの時は渋々約束したけれど、
本人は意外とケロッと忘れてるんじゃないだろうか……。
本当は信じたいけど本気にしてはいけないと思う自分もいる。
たしかに真島とは顔見知りだし、何も知らない間柄じゃない。
くだらない話をして食事するぐらいなら簡単な事だ。
だけど……自分みたいな一般人を相手して楽しんだろうか。
雅美の頭の中に様々な思惑が混在して、閉店作業にすら手がつかない。
真島という存在がこの先雅美の中でどんなモノに変わっていくかなんて、想像もつかなかった。
「お疲れ様でした~」
雅美はそう言って店の裏口から外に出た。
空気が乾き吐く息は白い。
気温がぐっと下がったせいか、時折吹く風が刃の様に皮膚へ突き刺さる。
昨日同様、結局日付が変るまで仕事をするはめに。
その間も頭から真島の事が離れなかった。
何時から自分を待っているのだろうか。
もしかしてもうミレニアムタワーの前にいるとか等、気になって仕方ない。
こんなに真島の事を考えてしまうのは、やはりあんな約束をしたせいだとそう自分自身に言い聞かせていた。
だが、心の根底にある大事な思いに気づかないまま。
雅美は半信半疑でミレニアムタワーに行く事にした。
いなかったらいなかったで仕方ないだろう。
単なる口約束でしかなかったんだとか、寒くて帰ったんだなとか自分の良いように解釈すればいい。
信じた自分が馬鹿だったなと笑ってやるのもいい。
だが本当は変に期待をして現実真島がいなかったら、
内心傷つきそうで恐かったのだ。
傷ついたところで何の見返りもないのに………。
ハァ…。
吐息を手に吹きかけて、冷たい北風ですっかり冷え切った手の平を暖める雅美。
暫く歩くと神室町に高くそびえるミレニアムタワーが見えてきた。
雅美は辺りを見回しながら真島の姿を捜す。
だが、たくさんの人々が通りを歩いているためなかなか見つけられない。