第3章 ただそれだけを(立花仙蔵)
「ねぇ、何で仙蔵も町にいたの?」
「学園に椿がいなかったから探しに来た。そうしたらまさか、あんな場面に出くわすとは思わなかったな。」
「あ、都築屋さんの?」
「ああ、お前がまさか櫛を受け取るまいとは思っていたが…」
実は平然を装いながらも、内心はヒヤヒヤしていた。
確かに二年という間、彼女を待たせていたから椿の心変わりがあってもおかしくはない。だが、
「もしもあの男が食い下がってきていたら、私も何をするかわからなかった。」
結果として椿は櫛を受け取らなかった。
先程彼女が流した涙が、まだ自分を選んでくれている証拠だと仙蔵の自信を取り戻させる。
「うん、だって櫛は仙蔵から貰っているものがあるし…」
椿の言葉に引っ掛かりを感じ足を止める。
「…ちょっと待て。受け取らなかった理由はそれだけか?」
「え?そうだけど…?」
キョトンとしてその意味を理解していない様子の椿に、仙蔵は声を出して笑った。
「え、何で笑うの?」
「椿、男が櫛を贈る意味を知らず、私から受け取ったと言うのか?」
「うん。」
仙蔵は複雑に思いながらも自嘲気味に鼻で笑う。
「いいか、櫛には共に苦しみ共に死ぬという意味がある。私は椿と添い遂げたいという思いからお前に贈った。わかるか?」
椿はしばらく時が止まったように考えていたが、その顔はだんだんと赤く染まる。
仙蔵は繋いでいた椿の手を口元に寄せると、手の甲に口づけを落とす。
「もっとも今さらお前に拒否権はない。私だってこの二年は辛かったんだ。これからは私の側で私のためだけに笑っていろ。」
何気なく受け取ったつげの櫛。
その意味を知らずに過ごした、仙蔵のいない二年間。
だけどいつしか夢見ていた仙蔵の言葉。
例え櫛の持つ意味を知らなかったとしても椿はこう答えるだろう。
「仙蔵と一緒に生きたい。」
その言葉に満開の桜も嫉妬する笑顔の花が咲く。
繋いだ手を離さないよう、二人は並んで歩き出した。
━ただそれだけを 完━
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