第11章 スタートライン
それは私だけじゃなくて、きっと万理もなんだろうけど。
万理はそこに関してはなにも言わずに、アラームがなるとゴソゴソと起き出して支度をしていた。
その流れで、朝ごはんは三月さんが作り置きしてくれた物を3人で食べた。
身支度をしながら鏡を見て、そこに映る自分の顔に眉を寄せてしまう。
『ひどい顔···』
殴られてしまった箇所は青く腫れ上がり、昨夜なかなか眠れなかったのもあって、目元には隈が浮かんでいる。
分かっていたことではあるものの、いざそれを目の当たりにすると、いくら想像は出来ていたとしても···そのショックは隠せない。
中途半端な場所で部分的に切られた髪も、明るい場所で見ればその切り口の粗雑さを浮き上がらせていた。
社長も万理も。
こんな私を見てもなにひとつ顔色を変えずに接してくれた。
それぞれ思うところはあると思うけど、普段と変わらない接し方をしてくれている事はありがたく思う。
顔を上げろ 佐伯 愛聖!
背筋を伸ばせ。
前を向け。
目を逸らすな。
なぜか八乙女社長のこれまでの言葉が浮かび、苦笑が漏れた。
『なんでこんな時に······こんな時だから、か···』
目を閉じれば、そこには怖い顔をした八乙女社長が現れる。
いつかの監督が、鬼の八乙女···と笑って言っていた事を思い出す。
『意外とそうじゃないんだけどな、優しい所もたくさんあるし···褒められたことは、あんまりないけど』
独り言のように言って、小さく笑う。
こんな状況の私を知ったら、きっと烈火の如く怒るんだろうか?
···それはないかな。
そもそも私はもう、八乙女プロダクションの人間ではないし。
八乙女社長からしたら、退社した···ただのタレントに過ぎないから。
万「愛聖、ちょっといい?大きめのマスク買って来たけど···」
開けたままのドアの外から万理の声がして振り返れば、コンビニの袋からマスクを出してヒラヒラと見せる万理がいた。
『大きめの···って。万理それ、メンズサイズだよね?大きすぎじゃない?』
敢えて笑ってみせながら、その手からマスクを受け取った。