第1章 三角形 case1
「俺は嫌いじゃねーよ。この香り。」
何故か間近で聞こえた声。
反応して視線を手首の辺りから前に向けると、私と同じく匂いを嗅ぐように袖口に顔を近付けている黒尾さん。
身長差がある所為で大分屈んでいた。
「顔、近いです。」
少し動けば前髪でも触れてしまいそうな距離にふいっと顔を反らした。
「ところで小熊、昼飯は?」
屈んでいた体を伸ばして、全然違う質問が向けられる。
部活上がったばかりで、食べている訳がないし、食事に誘われているのだろうか。
「いえ、まだで…。」
「さくら、怪我してるんで家まで帰さなきゃいけないので失礼します。」
首を振って答えようとすると、京ちゃんが言葉を被せてきた。
有無を言わさず、帰ろうと私の手を引いて歩き出す。
私が心配だからって何かある訳じゃないのに、わざわざ来てくれた黒尾さんに失礼じゃないか。
腹が立って、意地でも動かないように足を踏ん張った。