第5章 美しい女
椿には椿の事情があり、彼女は父親を拒絶している。だが、着飾ったことで椿が彼女の母親になることは決してない。椿は自分で扉を閉ざしているんだろう。ならば、私は私のやり方で彼女の心を解放させよう。
「椿、私はお前の父上か?」
「?…仙蔵は…仙蔵だよ?」
呆けた顔で私を見る。
「そうだ、私はお前の父ではない。ならば、今は私のために美しくなれ。」
「え?…えぇ!?」
先程までの泣きそうな顔から一転し、頬が赤く染まる。
委員会のメンバーも紫陽花色の着物を手に笑顔を見せる。
「椿さん、ここにはお父さんはいませんよ。」
「そうですよ!安心して僕たちに任せてください。」
「いつものエプロン姿もいいけど、着物も絶対似合いますよ。」
「椿さんのかわいー姿見たいなー。」
皆からの説得を受けて椿は観念したようだった。
「…わかった。…って、それ着なきゃダメなの?」
「当然だ。」
明るい青みがかった紫、紫陽花色の着物は彼女の白い肌に映え、その魅力をより一層引き出していた。
私は最後に紅を引こうとするが、椿が震えているのに気がついた。
やはり簡単に父親を払拭することはできない。
「椿怖いか?」
正面から彼女を見据える。椿は目を伏せると一度だけ小さく頷いた。
「私はお前の母は知らない。だが今私の前にはとても美しい女がいる。さぁ、お前には何に見える?」
鏡を手渡す。椿は恐る恐るその中を覗きこんだ。見開かれる両目には驚きと困惑が映る。
「…………これは………私?」
「何を呆けたことを言っている。私には椿という女以外には見えないが?」
成り行きを見守っていた後輩達からも、賞賛の声が上がった。彼女は信じられないというように、何度も鏡の中の自分を確認していた。
「椿さん、折角だからみんなにも御披露目しましょうよ!」
「えぇ!?恥ずかしいよ~」
「大丈夫、大丈夫!」
兵太夫が誘うと椿は私に助けを求めてくる。
正直、他の連中に見せるなど勿体ないところだが、彼女が自分に自信をつけるきっかけにもなる。
「いいんじゃないか。自信を持っていいぞ。」
「うー、……じゃあ少しだけね。」