第1章 砂漠の月00~70
どれくらいそうしていたのか月子の背に回っていた晴久の腕が外れ、そっと腕を取られて身体が離れた。顔を上げた晴久は泣いてはいなかったが、少しだけ目が赤く潤んでいて気まずそうな表情で笑うと月子を見上げる。
「情けないとこ見せたな」
「そんなこと……。私も、晴久先輩くらい強く、優しくなりたいです」
「……ばーか」
罰の悪そうな顔をした晴久に、思っていたことを素直に告げれば僅かに目を瞠ったあと苦笑と共に軽く小突かれて月子は首を竦める。
ぐっと伸びをした晴久は机に置いていた荷物を手に取ると椅子から立ち上がった。
「帰るか」
「え? えと……」
「今日ぐらい良いだろ。それとも、月子はあいつらと帰るか?」
「っ、晴久先輩と帰りますっ!」
「くくっ、慌てんな、置いてかねぇよ」
突然の帰宅宣言に驚き、戸惑う月子に晴久は意地悪く問いかけてくる。廊下の遠くの方では、そろそろ賑やかになりつつあるあそこに、月子が居ない事こそが答えなのに晴久は気付かない。
月子も何も言わないが、それでも置いていかれるのは心外だと慌てて足元の荷物を持とうとすれば、僅かに身を屈めた晴久がそれを攫っていった。
笑う顔は少しだけ何かがふっきれたようなもので、月子はもうっと拗ねるふりをしながらも可愛がられている後輩として先に歩き出した晴久の後ろについて行く。
「月子」
「はい?」
「サンキューな」
「……はい」
携帯を取り出し、二人にだろう連絡をしている晴久がぽつりと月子を呼んで落とした言葉に、月子は一歩後ろでふんわりとした笑みを浮かべ答えた。
明日からはきっとまたいつも通りで、三人で通学してるところに月子が混じったり、既に教室に着いて雑談してるところに挨拶しに行ったり、変わらないような変わったような日常に戻るのだろう。
けれど、少しでも役に立てたならそれで十分だと、月子は目の前の背中を見てふんわりともう一度笑うと待ってくださいと言いながらその横に追いついた。