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砂漠の月

第1章 砂漠の月00~70


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元就と市が屋上に行き話している頃、市たちの教室を訪れた月子は一人ぼうっと教室の窓から外を眺めている晴久を見ていた。
いつもなら教室の入り口に立つだけで気付き、振り向いてくれる晴久が今日は月子を見ない。たったそれだけのことが月子の胸の痛みを増長する。
しかし、月子はあえてそんな自分の心を見ないふりで一つ深呼吸をすると教室に入る。

「晴久先輩」
「ん? 月子か、どうした?」
「傍に行っても良いですか?」
「ああ、いいぞ」

少し離れた所で足を止めて名前を呼ぶと、振り返った晴久はいつも通りの表情と声で、また一つ、月子の胸に痛みを生む。
それでも、笑う顔が儚く見えて、傷ついている様に思えて、月子は傍に行くと晴久が座る椅子のすぐ横に立って手を伸ばす。
横からそっと腕を晴久の頭を胸の中に抱え込むように抱き寄せて、普段は全く届かない頭頂に頬を寄せる。

「月子?」
「……私、いつも晴久先輩にこうして貰うと安心出来て、元気が出るんです」
「……元気、ないように見えたか?」
「はい」

触れることに抵抗されることも逃げられることもなく、腕に納まった晴久に問うように名前を呼ばれて何をどう説明したらいいかと逡巡した月子は、核心に触れることを止めて自分のことを話す。
それでも、その意図は正確に汲み取られ、苦みが滲む笑い声と共に落とされた小さな問い掛けに是と答えた。
月子の腕は軽く回っただけで晴久が少し動いただけで解けるほどに緩い囲いだが、晴久はされるまま月子の腕の中に半身を預けている。

「わりぃ……」

ふと、晴久から漏れた言葉の語尾が震え、晴久の身体も僅かに震え、下に降りたままだった晴久の腕が月子の腰に回った。
緩く回ったそれが、少しだけ月子を引き寄せて横を向いていた晴久の身体が動き、月子を正面から抱きしめるような体勢になる。
胸元で俯き、額が触れるか触れないかの所で僅かに呼吸を震わせる晴久を、月子はただ黙って寄り添って時折そろそろと髪を撫でる。
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