第5章 終局
「記憶を薄めたりとか、そっち系の魔術はもうやりませんよ。自分自身にも、記憶希釈はしません」
これだけはキッパリ宣言しておく。
「ふうん? 色々使えそうだと思ったんだけどなあ。
場合によっては個人的にスカウトしようかと検討してたんだが」
……どこにスカウトするんすか。
スティーブンさん、目が怖ぇっす。
「誰かの記憶を無意識にいじるとか、ホラーじゃないですか」
「ま、そこまで心配するようなことじゃないか」
スティーブンさんの顔から緊張が消える。ホッとしているようにも見えた。
「それに自分の記憶をいじるのと違い、他人の記憶をいじるのならある程度、濃厚な接触がないと厳しいからね。
――性交渉とか」
「私に喧嘩売ってるんですか? クラウスさんに魔術をかけたりしませんよ?」
堂々たるセクハラにさすがにムッとするが、スティーブンさんは両手を挙げた。
「ごめんごめん。どうも僕は、君を怒らせてばかりだな。こういうねじくれた性分をいい加減に直せってK・Kにいつも言われてるよ」
「ねじくれておりませんよ。せいぜい四半回転二重引掛結び程度です」
よしよしマウント取れそうな感じだ。
どう言葉責めしたものかと、策を巡らせていると、
「悪かったよ」
「?」
「今の発言ももちろんだが、今までの行為は本当に反省している。すまなかった」
「は!?」
驚いたのは言葉ではなく、その態度。
あのスティーブンさんが深々と私に頭を下げていた。
「すまなかった。そしてありがとう。僕らを『許して』くれて」
「…………」
私はたっぷり一分ほど沈黙し、
「大丈夫ですよ。許すも許さないも、もう全部消しましたから。
私はもう一般人と全然変わりない、そういう扱いでお願いします」
「……分かった」
スティーブンさんは顔を上げる。
その表情に、形容しがたい笑みを浮かべて。
「クラウスさんに助けていただいたことで、十分にお釣りが出ますですよ。
今度おうちにお邪魔させて下さい。魔術書は確かに読みたいし」
「そうだね。ああ、もちろんハウスキーパーがいるから安心なさい。何ならクラウスも一緒に来るといい」
そして言う。
「改めて――ライブラへようこそ。カイナ」
「よろしくお願いします、スティーブンさん」
私たちは、固い握手を交わしたのであった。