第5章 終局
…………
そして目が覚めてから、何日経っただろう。
病室の壁も病院の庭も見飽きた。
最初は珍しかった車イスも、もうウンザリだった。
自分で好きな場所に歩いていきたい。
「クラウスさん、私もう歩けますよ」
いつもの庭を眺めながら、私はグチをたれる。
私の車イスを押しながら、クラウスさんは、
「医師の許可が出るのを待ちたまえ。君は大気中の水分、日光からさえも栄養を補給できるが、あくまで緊急時に生命をつなぐためのものだ。
栄養素は絶対的に足りていない。無理をして骨折し、再入院したいのかね?」
「ぶー」
不満を訴えるが、クラウスさんは笑って車イスを押すのであった。
そして小さな花壇の前で車イスを止め、ちょっと休憩ということになった。
お見舞い品のおやつを食べていると、クラウスさんが言った。
「やっと業者から品物が届いた。後でまた二人で読もう」
品物とは? 特注品の聖書である。
私はクラウスさんと聖書を読み合う趣味?習慣?がある。
前にいただいた聖書は無くしてしまったので、新しいのを専門業者に発注して下さったらしい。
……市販品ではなく、敬虔な専門職人による手製品。
金エンボス加工、革装、カット面三方金、木版画などなど。
正直、無神論者には重すぎるシロモノなのだが、断っても押しつけてくる。確実に。
「ありがとうございます。でもこれでもいいんですけどね」
そう言って、ふところから取り出した。
表紙に褐色の染みがかかってる聖書だった。
「……それは出来れば処分してほしいのだが」
これは襲撃を受ける直前に、クラウスさんからいただいたものだ。
実は野次馬に撃たれたとき即死を逃れたのは、これのおかげだったりもする。
もちろん、聖書が盾になって~という映画的展開ではなく、
「何重にも防御の式を張ってて下さって、おかげで最悪の事態は回避出来ました」
だけどクラウスさんは眉をひそめた。
「同じようなことが、二度と起こらないことを願う」
「大丈夫です。自分の身は自分で守れるようになりますから」
そう言って笑う。
「君の強さに感銘を受ける」
クラウスさんは微笑み、優しいキスをしてくれた。