第5章 終局
空気が震えた。
まるで誰かが叫んだみたいに。
そして振動。たくさんの足音、かな。
誰かがさっきより私の手を強く握ってる。叫んでる。
だからそっと――目を開けた。
うわ! でっけえクマがいる!! アラスカヒグマ、別名コディアックヒグマ。
体重500kg、重い個体では1tを記録。体高だけで人の成人身長ほどになる。性質は当然凶暴。特に冬眠前の時期は危険だ。
「カイナ!! 私が分かるかね!?」
殺意の目だ!! ヤバい! 食われる!!
わたくし、死を覚悟し、すみやかに気絶した。
…………
私は病院の個室にいた。
身体は動かせない。落ちる点滴、酸素マスク、生命維持装置、たくさんの花、花、花。
お見舞いのテディベア――と、なぜか木彫りのクマ。
大きな窓。霧の空。椅子がいくつか。
……お腹空いたな。
とりあえず窓からの光と、室内の水分を軽く吸収し、私はそっと目を閉じる。
…………
病室のベッドで叫ぶ。
「半年……? 私、半年も寝ていたんですか!?」
クラウスさんは、私のためにリンゴをすりおろしながら、
「あの後、光が収束し、君の身体は蘇生した。暴徒どもにやられた傷も一切なくなっていた。
だが君は眠り続けた。君の中の術式が高速変化していたから、恐らく君は全ての活動を絶って術式の解除を続けていたのだろう」
「そうですか……」
たった数時間の出来事だと思ってたのに。
しかし半年も寝てたら動けないわけだ。声帯も衰えてて、こうして話せるようになるのだって、一週間くらいかかったのだ。
「術式解除って成功したんですか?」
「成功した。これは確かだ。君の中に召還門の術式の痕跡は、もう一切見当たらない。
よくやった、カイナ。君は成し遂げたのだ」
クラウスさんが力強く言う。
「……そう、ですか」
私はボソッと返す。喜びも誇らしさも何もなく、あえて言えば疲労感と、若干の虚しさがあった。
でもクラウスさんは何も言わない。まるで私の反応をあらかじめ予測していたように。
「口を開けたまえ」
スプーンに蜜たっぷりのリンゴのすりおろしをすくい、クラウスさん。
「あーん」
甘い。しゃりしゃりする。
少し涙が出た。