第4章 異変
寒い。暗い。
どこか遠くで声が聞こえる。
『堕落王の小細工との関連は不明だ……だが、何らかの理由で彼女の魔力系統に混乱が生じたことは確かだ。
それによりお嬢さんが無意識に行っていた魔術――”記憶希釈”が部分解除された可能性が最も高い』
稀釈(きしゃく)……薄めるって意味だっけ。
分からない。何の話だろ……。
『でも、魔術が解除されるような兆候は、一切ありませんでした』
『一般人が自覚すら無く行っていた魔術だ。
不調、不眠、不安、ストレス、過労……その程度の事でも、魔力構成はあっさりとバランスを失う』
『私が彼女の心を、安んじさせることが出来なかったからだろうか』
どんよりとした声が、独り言のように呟いている。
『……ともかくだ。お嬢さんは自我崩壊を防ぐため、”記憶希釈”を高速再起動させる必要に迫られた。
結果、薄めなくていい記憶まで薄めてしまい、今は時間が巻き戻ったような状態になっている』
『カイナの記憶……戻るんですか?』
知らない女の人の声がする。
『魔力に関する訓練を一切受けていないからな。希釈は出来ても、恐らく解除の方は不得手――チェイン。泣くな。
記憶は消えたわけじゃない。ただ薄まっただけ。奥深くに潜っただけだ』
『スティーブンの言うとおりだ。彼女の精神が安定すれば、”記憶希釈”の再構築も加速されるだろう。
……私たちとの記憶が解放されるかどうかは、予断を許さない状況だが』
にぎやかだ……誰が、いるんだろう。起きた方が、いいの?
『! ミスタークラウス! 彼女が起きようとしています! どう対応すれば?』
『彼女にこれ以上、余計なストレスを与えないことを最優先に』
『不安からさらに魔力構成が崩れ、万単位の拷問、暴行、人体実験、虐殺の記憶がいちどきに”希釈解除”されれば――彼女の自我はその瞬間に完全崩壊する。
むろん”記憶希釈”の魔術も行使不可能になり、二度と”こちら側”には戻れなくなるだろう』
『分かりました……』
『先ほどの打ち合わせ通りに。変化があれば状況に合わせた柔軟な対応を』
そして、私は目を開けた。