第4章 異変
とにかくまず仕事を覚えねば。たかがデータ入力、されどデータ入力。
これはライブラの超ハイレベルなお仕事に近づくための、第一歩なのだ。
ポチポチと、人差し指打ちでたどたどしく打っていく。
そうしているうちに、だんだんと集中し、データも積み重なっていく。
「カイナさん、どうぞ」
ギルベルトさんに紅茶とケーキを出され、自分が本当にここの一員になったみたいな気がして照れる。
クラウスさんは時々私を見てるけど、だんだんとピリピリした雰囲気が和らいできた。
良かった。これで誰にも心配かけずに済みそう。
特におかしなことも起こらずやり過ごせそうで、ホントに良かった~。
そのとき。
ドクンっと、心臓が鳴る。
世界が灰色に変わる。
――何で、こんなときに……。
まただ。過去の拷問や実験の記憶が、記憶の彼方に追いやれたと信じていた記憶が、鮮明に蘇った。
それも朝よりもひどい。
手が止まる。いや視界が明滅し、混乱で過去と現在が分からなくなる。
……クラス全員の前とか、ネットとかで赤っ恥をかいたことって一度や二度はあるよね。
その暗黒の記憶を、何かの拍子に鮮明に思い出すってことあるでしょ?
そういうとき、一瞬だけ何も分からなくなるよね。
あの超強化バージョンだ。一気に――押し寄せてくる。
泣き叫び、死ぬまでデスクに頭を打ちまくっておかしくなかったが、それを押しとどめたのはクラウスさんの存在だ。
クラウスさんに……心配かけちゃダメだ。
「……カイナ? 気分*悪い*かね?」
「お嬢*ん、ど*した?」
「何か*持ちし**ょうか?」
いかん。『最悪の一瞬』は耐えきったが、聴覚がおかしくなってる。皆の声が雑音まじりに聞こえる。
それだけじゃない。世界から色が失われ、上か下かも分からない。
「あはははは! すみません。難しい作業で頭を使いすぎました。ちょっとお花をつみにいってまいります!」
ありったけの明るい声で言い、走った。
しかし平衡感覚にもろに来てるので、何度も転びそうになり、ガンッとドアに頭をぶつけた。
いったあ! マジで痛いっ! でもちょっと冷静になる。
皆が呼んでる気がしたけど、もうごまかす自信がない。
廊下を疾走、全力でトイレに駆け込み、ありったけ戻した。