第3章 夏の約束【橘真琴】
競泳を間近に控えた夏。
岩鳶高校水泳部の部員達もいつもより血気盛んに練習に励んでいる。
私は入学早々仲良くなった江ちゃんに水泳部へ勧誘されたので、一緒に入部した。
皆のタイムを記録したり、スポーツドリンクを用意したり、使用済みタオルを洗濯したり…マネージャーの仕事もなかなか大変になってくる季節。
遙先輩のタイムを記録している間、私の視線は泳いでいる先輩にではなく、プールサイドに上がって休憩している真琴先輩の方に向いてしまっていた。
泳ぎで鍛えられた筋肉には一見似合わない、人好きのする優しい顔立ち。
江ちゃんとベストタイムが出たことについて嬉しそうに話している姿は、否が応にも二人が親しそうに見えてしまう…
いつまでそうしていたのか、プールから上がって来た遙先輩に気付かずにいたので…
遙「…空、聞こえてるか?」
急に近くで声を掛けられたことに心底驚いた。
空「わっ!?は、遙先輩……あっ、すみません!タイム測ってるの忘れてました…」
手に持っているタイマーの数字は、既に2分に達しようとしていた。
遙「別にそのことはいい。俺はタイムにはこだわらないからな。…ただ問題なのは、空のマネージャーとしての姿勢だな。」
遙先輩にズバリ指摘されてしまい、何も言い返せない。
空「すみません……改善しようとは思っているんですが、どうにも…」
«恋は盲目»とはよく言ったものだが、まさか自分が身をもってそれを知るハメになるとは…
遙「……そんなに気になるなら、自分から仕掛けていかないとアイツには届かない思うぞ。案外鈍感だからな」
驚いて思わず遙先輩の方を向いてしまう。
(私の気持ち、バレてた…)
まぁ、考えてみればタイムを放ったらかしにして休憩中の先輩を一心に見つめているのだから、気付かない方がおかしいのかもしれない。
(仕掛ける……私から、真琴先輩に…?)
そんなこと、出来るだろうか。
自分の気持ちに正直になれるのだろうか。
今でさえ、踏み止まってしまっているのに…
顔を俯かせて沈黙してしまった私に、遙先輩は気遣うように『…タオル、くれないか』といつものように振舞ってくれた。
先輩の厚意に甘えながらタオルを渡すも、心の中のモヤモヤは晴れないままだった。