Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
何が起きたのかわからない。エミリの状態を表すのなら、それが正しいだろう。
唇に当たる柔らかい感覚、ドクドクと激しく鼓動する心臓の音、呼吸すら忘れてしまうほどにエミリの思考は、忙しなく動き始める体内とは正反対に停止していた。
視界を支配するリヴァイの存在をぼーっとした頭で眺めていることしかできず、ただされるがまま。
「ふ、ンっ!!」
そして、ようやく働き始めた頭に命令を繰り出し、リヴァイの胸を強く押しては距離を取る。
(……まっ、て…わたし、いま…………兵長に…された、のって……)
混乱した頭で考えようにも、勿論それができるはずもない。
(息が……くるし、い……)
感情が暴走し、収集がつかない状態でエミリは、熱くなった頬を両手で覆い、顔を俯かせる。リヴァイと視線など、合わせられるはずがなかった。
「…………あ、の……なんで……」
どうして、キスをしたのか。
聞きたいのに、聞けない。
言葉が上手く回らず、どう話せば良いのかもわからない……。息苦しさにどんどん呑まれていくエミリの顔は、湯気が出るほどに真っ赤である。
そんな自分の姿すらも、恥ずかしくて、見られたくなくて……顔を俯かせることしかできない。
(……でも、聞かなきゃ)
意を決して顔を上げる。そして、驚いた。
瞳に映ったリヴァイは、口付けを落とされた自分と同じくらいに、驚いた表情を浮かべていたからだ。
どうして? あなたが私にしたことなのに、なぜあなたが驚いているのですか?
更に言葉が詰まる。
「……リヴァイ、兵長?」
放心状態と言っても良いであろうリヴァイに呼びかければ、ようやく意識が引き戻されたのか、ハッとした表情でエミリを見つめ返す。
「……あの、」
「悪ィ……つい、やっちまった……」
「えっ、」
つい? ついって、どういうこと?
更に浮上する疑問に、再び戸惑う。
リヴァイは、至って普通の表情で動じる様子など見られない。
エミリにキスをしたことに、特に意味はないのだろうか。
しかし、真面目なリヴァイが、そのようないい加減なことをするとも考えにくい。
なら、一体、どうして……?
兵長は、私のこと……どう思っているんですか?
リヴァイの意味深な言葉と優しい口付けが、思考を更に鈍らせていた。