Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
「エミリ、確かにお前の手は汚れちまった。その汚れも事実も拭うことはできねぇ。だが、それ以上に守り抜いた命があるだろう」
命とは尊いものであり、それを人間から奪うとなれば、事情はどうであれ重罪と呼ぶべきものなのかもしれない。
しかしエミリは、幾つもの儚い命が散らぬよう防ぐことができたのだ。
人を殺めてしまった事実に変わりはないが、それならば逆も然りである。
リヴァイはそうして諭すが、エミリの表情は暗いままだ。
「…………兵長は、何も思わないんですか……?」
リヴァイは、目の前で一連の流れを見ていたはず。
エミリが刃を振りかざす瞬間も、刺された相手が死に行く様も。
それだけではない。オドの手も片方、斧で切断してしまったのだ。
「…………どんな理由があれ、私は傷つけたんです……」
薬も同様である。仲間を助けるために得た知識を、人を傷つけるために使ってしまったのだ。
こんなの、自分がなりたい自分では……ない。
「エミリ、覚えているか。俺が、地下街で生まれたって話だ」
「…………えっ、はい」
子どもたちを牢から解放した後、リヴァイがエミリの元へ追いついた時にその話を聞いた。
それは今も、衝撃的な事実としてエミリの脳内にしっかりと記憶されている。
「お前らが噂で耳にしている通り、地下街の環境は劣悪の一言に尽きる」
暗く冷たい故郷を思い浮かべながら、リヴァイは静かに語り始めた。エミリは、一言一句聞き流さぬよう、意識を主に耳へと集中させる。
「俺が地下を出たのも、今から5年ほど前だ」
「え、じゃあ……かなり最近なんですね」
ということは、リヴァイが調査兵団へ入団したのもその頃からなのだろう。そして、話の流れからリヴァイが訓練兵団で訓練を受けていないという事実も発覚した。
壁が破壊され、その時リヴァイに助けられたのが今から4年前。つまり、リヴァイは異例で調査兵団に入ったことになる。
最強と謳われるほどの力を4年前から持っていたにも関わらず、何故彼が無名の兵士であったのか。その理由がようやく明らかとなった。