Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
〈アッハハハハ!! どこまでも無様だね、君!! そうやって逃げようとしても無駄だよ〉
しかし、この悪夢はエミリを捕えて離さない。忌々しい声は少しずつ大きくなり、エミリを追い詰めるばかり。
これは現実から逃げるなという暗示だろうか。だとしても、夢にまであいつが出てくる必要性に疑問を感じてしまう。きっとあいつの言葉は、トラウマと呼ぶべきものを与えるほどに強い影響を、エミリに与えたのだろう。
「…………そう、これは……悪い夢……」
〈さっきから何言ってるんだい? 見てごらんよ、自分の手をっ!! それは君が自分で汚したものだ。わかるだろう!?〉
「……っ、うるさい!!」
鳴り止まない豪雨の音に頭を抱えるも、手に付着した真っ赤な液体は、ツーっと髪や頬を伝い自身を血だるまな姿へと変えてしまう。
〈うるさいだって? なら、その水溜まりに写っているのは……誰?〉
蹲るエミリの足元にいつの間にかできていた、大きな水溜まり。そこに写っているのは、鮮血に染まった自分の顔。それと目が合った瞬間、そこから血に濡れた手が飛び出し、エミリの手首を掴んだ。
「……いやっ……!?」
強い腕力で引き寄せられ、このままでは水溜まりの向こうへ引きずり込まれてしまう。それを阻止するために必死に踏ん張るも、身体に力が入らない。
「や、めて……」
『私が、怖いの?』
水溜まりに写る自分は、血を垂れ流しながら不気味な笑みを浮かべている。
人を殺して何故笑っていられるのか。
そんな自分の姿に恐怖を感じることしかできなかった。
『どうして、怖いの? あなたは……私なのに!』
「ちがう……違う!!」
『違くない。あなたは、私よ』
グンッ、と更に強い力で引かれ、とうとうエミリの腕は、水溜まりの向こうへ入り込んでしまう。
〈ハハハハハッ……ざまあないねッ! そのまま壊れてしまえばいいよ!!〉
「…………い、や……だれか……」
このままでは、一生この悪夢から覚めることができないかもしれない。
「だれ、か……たすけ……」
どう償えばいいのか、わからない
だけど、私なりのやり方で今度は、たくさんの命を救うから
だから、だから……
「…………助けて……」
涙が零れ、水溜まりに波紋を作った。