Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
どこかふわふわとした宙ぶらりんな意識の中、エミリはゆっくりと瞼を開ける。
視界に入るのは、濁った空と草花が生い茂る大地。冷たい風は、ヒュー……と小さな音を鳴らしながら、エミリの頬を掠めると同時に草花をも揺らす。
誰も居ない草原。ただ一人、ぽつりとそこに突っ立ったまま、ぼーっと辺りを見回していた。
そこで感じたのは、指先へと流れる生ぬるい液体の感触だった。いつの間に水に触れていたのかと、ぼんやりとそんな疑問を持ちながら、それを目にしたエミリは、声にならない悲鳴を上げた。
「……っ……なに、これ……」
真っ赤に染まる自分の手。付着している液体は、サラサラの血液だった。
恐怖からゾワリと体が粟立ち、手が小刻みに震える。その振動で、ポタリ…ポタリ……と流れ落ちた鮮血の雫は、草花を同じ色へと変えてしまった。血を浴びたそれらは、やがて褐色へと変化し、ポロポロと枯れ落ちる。
「……え、なんで……」
気味の悪い現象が、次々とエミリの心を追い詰めていた。
この血が誰のものかもわからない。そして、何故それを浴びただけで、草花は枯れてしまうのか。
……わからない。
(……わたし、疲れてるんだよ、ね……?)
現実では、様々なことがありすぎた。その影響に違いない。
きっと、これは悪い夢なのだろう。だとしたら、早く覚めてほしい。
誰か、この世界から抜け出させてくれと助けを求めるが、残念ながらここにはエミリしかいない。
〈言ったろう? 君は……"人殺し"だって〉
「ッッ!?」
突然、脳内に響いたのは、あの男の声。
ぐるりと辺りを見回しても彼の姿は見えないというのに、声だけは鮮明に聞こえるこの不気味さに恐怖を覚える。
〈綺麗事しか並べることのできない、哀れな人間。更には、約束を守ることすらできず、人に刃を向けた君は、僕らと同じ側の人間なのさ〉
「……………………ち、がう……」
オドの言葉を耳に入れぬよう、両耳に自身の手を当ててその場に蹲る。
早く覚めてくれと願いながら、固く目を瞑って音を遮断しようと試みた。