Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
「馬鹿が……また余計なこと考えてんじゃねぇ」
すぐ真横から放たれたリヴァイの言葉が、エミリの思考を砕く。
「俺は、傷つけたくねぇから助けた。それだけだ」
「……でも、」
「でもじゃねぇ。納得しろ」
相変わらず強引だが、そこには確かにリヴァイの優しさが込められていた。
こんなにも優しくされると、返って胸が苦しくなる。どうせなら、もっと怒ってくれても良いのにと、都合の良い思考が頭を支配していた。
「そういうお前は平気なのか」
「……え、何がですか?」
「あ? 何がってそりゃあ、」
そこまで言ってリヴァイは言葉を途切らせる。突然、押し黙るリヴァイの様子にエミリは首を傾げ、次の言葉を待っていた。
「……いや、何でもねぇ」
剣呑とした声音と冷たい瞳を携えたリヴァイに、エミリはゾクリと全身に鳥肌が立つのを感じた。
何が彼をそうさせているのかは、わからない。しかし、触れぬ方が良いであろうことは察した。
「そう、ですか……」
これ以上、何を話していいのかわからず、ただ一言だけそう返してエミリは前を向いた。
さっきから不安げな表情を浮かべてばかりいるエミリの横顔をじっと眺めながら、リヴァイは再び小さく息を吐いた。
どうしても目に留まるのは、オドによって傷つけられた痣である。
何度も顔面を踏みつけられてできた傷、体が縛られていなければ、きっと防げていただろうに。
今でもはっきりと頭に残っているエミリの悲鳴と目に焼き付いた光景は、暫く悪夢となって出てくるのではないかと思うほど、リヴァイの中に刻み込まれてしまった。
負傷したこの足の痛みよりも、もっとずっと辛く痛い思いをしただろう。
思い切り抱き締めてやりたいのに、この足ではそれも叶わない。できるとするならば、兵舎に戻ってからになる。
視線を下へ落とせば、血液で鈍い色に染まった自身の衣服が目に入る。すぐ隣には、張り詰めた表情でリヴァイを支え歩くエミリの横顔。
相変わらず想い人の手を借りなければ歩くことすらままならない自分の体に苛立ちを感じながら、リヴァイはエミリと共にハンジたちの元へと急いだ。