愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
智side
目の前で、翔君に肩を揺すられ、それでも咽び泣く姿には、それまで僕が知っていた、あの威厳に満ち、凛とした雰囲気は見る影もなく…
ただただ自分の犯した罪の大きさに泣いて詫びる、惨めな老婆の姿だった。
「ねぇ、澤さ…ん?以前僕に話してくれたことがあったよね、松本の旦那様に好いた方がいらした、と…。もしかして、その事と何か関係があるの?」
「それは…っ…」
僕の問いかけに、澤がはっとしたように顔を上げ、首を震わせた。
「どう言うこと?父様に…好いた方が…?ね、おれにも分かるように話してくれないかい?」
翔君の泣き腫らした視線が、澤から僕へと移る。
澤は涙に濡れた双眸を震わせ、縄で括られた両手を擦り合わせた。
青ざめた唇で、後生だから…、と何度も繰り返しながら…
僕は一瞬躊躇った。
そこまでして澤が隠し通したいことなのであれば、例え如何なる事情があったとしても、ここで問い質すべきではないのではないか、と…
でも…
それでも僕と翔君には、その理由を聞くべき権利がある筈。
「ねぇ、理由(わけ)があるなら、ちゃんと話しておくれ?でないとおれは…この先の人生を、ずっと澤を恨んだままで生きていかなくてならなくなる。そんなのは嫌なんだ」
苦しい胸の内を曝け出すように、絞り出される苦しげな翔君の声。
「お願いだ、澤…」
翔君が額を畳に擦り付けた、その時
「ほお…、その理由とやらを、俺も聞かせてもらおうか」
建付けの悪い木扉が乱暴に開け放たれ、まるで血の気を失くした潤が顔を覗かせた。
「兄さ…ん、どうしてここ…に?」
翔君の顔が一気に青ざめる。
そして僕も…
まるで背筋が凍り付くような…背中を悪寒のような物が走った。
「どうして、だと?それは俺の台詞だ。どうして智がここにいる、しかも俺の弟と…」
「そ、それは…」
色を失くした顔に冷酷なまでの微笑み(えみ)を浮かべ、動揺を隠しきれない僕へと向かって、革靴を脱ぐこともなく距離を縮めた潤は、やがて澤を囲むようにしていた僕達の間に割って入り、その場に膝を折った。