愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
焦りに背中を押されるように澤の部屋の前に辿り着くと、そこには既に制服姿の男が立っていた。
どうしよう…、これじゃ入れない
「何の用だ。この部屋に立ち入ることはできんぞ」
髭をたくわえた男がじろりと睨みをきかせる。
でもここで引き退る訳にはいかない…
おれは腹をくくると
「澤に会わせて下さい。中にいるんでしょう?」
眼光鋭い男を負けじと睨み返した。
「駄目だ。あの女は御当主を殺した極悪人なんだ。会わせる訳にはいかない」
「私が…松本の人間でもですか?澤はまだうちの使用人でもあるんです。主人が使用人に会っちゃいけないんですか?」
こんな大の大人相手に…おれは…
自分でも驚くほどの強い口調で、目の前にいる男に抗議する。
するとその男は
「え…っ、松本様のと仰られたのは…どういう…」
途端に慌てふためいた態度へと変わった。
「次男の翔です。兄の遣いで澤に聞きたいことがあってきました。会えますよね?」
「あっ、は、はい…、あの、勿論であります!」
更に慌てた男は敬礼を見せると、さっと身を引いた。
おれが松本の人間だっていうだけで、最も易々と大の大人の態度を変えてしまう…。
そのことに背筋が寒くなるのを感じた。
これが松本の人間が持っている力…
兄さんが言っていた、『松本の人間として恥じないように』ってことなんだろうか。
初めてその力を行使することに居心地の悪さを感じながらも、目の前の扉に手を掛けて
「澤、入るよ」
薄い引戸をゆっくりと開けた。
そう広くない畳敷の部屋には微かに血の匂いが漂っていて、その真ん中に両手を縛られた澤が蹲るように座っていた。
その声で徐に顔を上げた澤はおれの顔を見るなり、皺の深く刻まれた顔を歪め
「お許し下さいまし…翔坊ちゃん」
低く…呻くように言うと、床に額を擦り付けながら詫び続けた。