第13章 離れる【光秀編】
「先程、ひいろの母がさる国の女中をしていたとお話しましたが、いろは屋ではその国のことを『風の国』、殿様を『風の殿様』と呼んでおりますので、そちらで通させて頂きます。
風の国とは、先代通しの付き合いからはじまり、今も縁が続いてございます。先代の殿様は実に風雅な方で趣味も多岐渡り、人との繋がりも多種多様でございました。そこで私共は、風の殿様と親しみを込めてお呼びしておりました」
そこでひと息つき、一之助は眼鏡を直す。そしてまた続ける。
「簡単に言ってしまえば、その先代の風の殿様がひいろの母の父親で、現殿様はひいろの母と腹違いの兄妹となります。つまりひいろにとって、現殿様は叔父にあたりますが、この事を知る者はごくわずかしかおりません。
それというのも、先代と契りを交わされたひいろの祖母にあたるその方と家族は、人里離れた山の中で暮らし、金や権力等にも興味はなくその暮らしを変えることを望まれなかったそうです。
先代は側へ呼び寄せたかったようですが、その方の考えに従い、時々会いに行くという生活を長く続けておられたそうです。その方達のことはとても大切にされていたようで、お亡くなりなる数カ月前に、そっと現殿様へとお伝えになり「あとを頼む」と頭を下げられたそうです。
現殿様は先代の亡き後その言葉を守り、暮らしが成り立つよう働きかけたそうですが、ひいろの母達は金も受け取らず無心することもなく、穏やかに慎ましく暮らしており、それを好ましく思われた現殿様は妹を見守る兄としての縁を続けられたそうです」
そこまで話すと、一之助は残っていた茶を一気に飲み干した。