第13章 離れる【光秀編】
「時は過ぎ、ひいろが三つになった時のことです。さる国より使いが参り、ひいろがその国の殿様の子ではないかという話が持ち上がりました。
ひいろの母はその国の殿様付きの女中をしており、御手付きになりいろは屋に出されたのではないかとの噂があると。
無論ひいろは吉右衛門の子供であり、それに間違いはないと突き返しましたが、話は終わらず尾を引くこととなります」
一之助が口を閉じたのと同時に、すっと秀吉が立ち上がり、隅に用意のあった茶を入れる。政宗が黙って手伝いに入り、皆に配る。茶のよい香りが鼻腔をくすぐり、ほっとする。ほろほろと身体がゆるみ、話を聞きながら己の身体に力が入っていたことに気がつく。
秀吉が一之助の前に茶をおき、声をかける。
「話の腰を折ってすまないな。だが、少し茶でも飲め。お前が大事なことを話してくれようとしているのはよく分かる。だから焦らなくていい、ゆっくりとお前の間でいいから話してくれ。俺でも力になれることがあるかもしれないからな」
そう言うと一之助の肩をぽんと叩き、秀吉は元いた場所に戻り茶を飲んだ。その姿を見ると、一之助は素直に茶をひと口飲み口元をゆるめた。
「秀吉様、貴方が人たらしと言われる由縁が分かる気がします」
「それはどういう意味だ?」
「さて、どんな意味ですかね。美味しいお茶をありがとうございました」
そう言うと一之助は、深々と秀吉に頭を下げる。
頭を上げたその顔には相変わらず表情はないが、先程よりも少し柔らかくなっているように感じられた。