第1章 白いキャンバス
凄まれたところで、以前等言われてもこれっぽっちも引っかかりもしない言葉に魅力を感じれない。二度程顔を左右に振って見せると、ついに無愛想だった少年はその面に貼っていた強固そうな仮面を剥いでしまった。
「そんな顔されても…覚えてないものは覚えてないんですし、」
此方が覚えていないのに、相手側は知っているとなればまさかストーカーか何かなのだろうか。怪しくなりつつある雲行きに、あの感情的な面をどこへやったのか、先程までの仏頂面へ戻し「今物凄く失礼なこと考えてますよね」と彼は見事に私の邪推を見抜いた。
肩を大きく揺らすと、相手は私とは反対に両肩を落とし深い溜息を漏らした。
そうでしたね、さんは根っからそういう人でした。
その言葉にどんな意味だ失礼な、普段の私はー、そう反論しようとしたが、私の言葉は勢いついて発されることはなかった。
思い出せない。
振り上げた手が固まった、可笑しい、だって、本当に覚えていない。
昨日のことどころではない、私が数日前何をしていたか、目の前の人のことだけではない、友達やクラスメイトの顔を思い出そうとしても、何一つ浮かばない。どうでもいい教科書の偉人だったり、言葉は浮かぶのに、これは一体、何なのだろうか。
声にならない掠れた何かを繰り返し発す私に、見知らぬ少年は戸惑いで宙を彷徨う私の両手をやんわりと去なし、その触れた手で私の目を覆ってきた。
「大丈夫です。さんは今、混乱してて、記憶が混濁しているだけです。」
「でも、私、だって…苗字も、わかんな…」
「それでも今だけです、だから不安がる必要はありません、先程も言いましたよね。もう忘れましたか?」
真っ暗で、見知らぬ相手の声しか聞こえないが、それでも酷く不安に襲われることはなかった。挑発的な発言に、声が上擦ったままだが思わず言い返す。
「そんなの、覚えてるよ」
「はい、僕は冗談は嫌いです」
だから何の心配もさんはしなくて大丈夫です。
そう言い切ったあとに退けられた手の先から見えた光と共にあったのは目元をほんの少しだけ和らげた無愛想な彼で
だけどその表情こそが私を落ち着けた。
「僕は黒子テツヤです。はじめましてさん」
目を覆ったその手が震え冷え切っていたのを、私は嘘と数えれそうにない。