第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
その朝。
少し早めに待ち合わせた場所に向かうと、
綾は、もう、そこにいた。
いつも、綾を車で送った時に
彼女が車を降りる、曲がり角。
いつもはここで車を降りるのに、
今日は、ここから車に乗ってくるのが
いかにも"特別一日"な感じがする。
『おはよ。』
『おはよう。』
『ちゃんと、眠れた?』
『あぁ、ちゃんと寝たし、スッキリ起きた。』
『そう、よかった。…その角、左。
…今日はパリッとした格好だね。
ネクタイ姿、初めて見たかも。
うん、カッコいい。』
『誰かの結婚式の時にしか
こんな格好、しないからなぁ。』
『ケイ君、』
『ぁ?』
『私、少し、緊張してる。』
『なんでお前が緊張すんだよ?』
『だって…あ、次の角、右に曲がって
三本目の電柱の前を左の登り坂…
父に、彼氏会わせるの、初めてだから。』
『俺だって、こんな挨拶に行くの、初めてだぞ。
緊張すんなら、俺の方だろ(笑)』
『…その坂のつきあたりの左側ね…
父には、ちょっと年上でお店やってて
バレーで知り合ったって話してある。』
『わかった。…ここ?』
…言われた通り、突き当たりで車を停める
『…ほぉ。』
格子戸の門構えの上から、
大きな松の木と紅葉の木が見える。
『…でけぇ家だな。』
『それより何より、古いでしょ。
祖父母が建てた家だから。』
車から降りて改めて仰ぎ見る。
玄関の門に、古めかしい…というより
風格のある"森島"の文字。
…やべぇ。
緊張してきた。
てか、俺、場違いじゃね?
先を歩いてた綾が振り返る。
『ケイ君?』
『…あぁ。立派な庭だな。』
『蚊が多くて困るばっかりだよ(笑)
私は、一軒家よりマンション希望!』
この先、
ここに自分がいる風景が、想像できない。
マンションでオシャレに暮らす自分も
想像できない。
なんだろう…
今まで感じたことのない
居心地の悪さ。
『行こ!』
綾の元気のいい声に
ハッ、と我に返る。
…日頃、教え子たちにカツを入れてる俺が、
コートに立つ前にビビッてちゃダメだよな。
これは、
勝負じゃねえんだけど(苦笑)
気持ちを立て直して
『あぁ。』
綾に追い付いて歩き始めた。