第1章 闇色夢綺譚~花綴り~
【唇、艶やかに】
「じゃ、左之さん…後は宜しくお願いしますよ」
彼女の部屋の戸に手を掛けた瞬間、それと同時に総司が出て来た。
「っ…!」
総司が俺とすれ違いざまに彼女に聞こえないくらいの小さな声で呟いた言葉。
それはあの時と同じで、決して聞き間違いではなかった事が解った。
総司の奴、本気なのか…。
俺の頭の中で、何度も、何度もその言葉だけが回っていた。
その時、俺の身体に軽い衝撃と女の香りが漂った。
その衝撃とは彼女だった。
「どうした…っ!?」
俺にしがみつく彼女をゆっくりと離すと、先程とは全く違った雰囲気の彼女が居た。
言うならば、情事中の女の顔、匂いだ。
瞳は潤み、頬は化粧を施したみたいに薄紅に色付き、唇はしっとりと濡れていた。
直しきれていない着物の併せから覗く白い肌に、微かに見える紅の華。
俺はそれに欲情した。
「と、とりあえず、落ち着けよ、な…?」
急にしがみつかれた俺も気が動転して何を言ったか、何を思ったか良く解らねぇが、とにかくこの状況を何とかしなければ、こんな艶やかな女にしがみつかれていたら俺も流石に持たねぇ…。
「っ!!」
俺の言った言葉と自分の状況をやっと理解した彼女は必死に首を縦に振り、掴んでいた俺の上着から手を離すと、自身の身体を抱きしめた。
「ったく、総司の野郎…」
ごめんな…。
良い言葉が見付からず、俺が仕出かした訳でもないのに謝ってしまったのは仕方ない。
だけど彼女は着物の併せをしっかりと握りしめ、大丈夫と言う様に必死に首を横に振った。
「あぁ、話せないんだったな」
そう言うと彼女は頷く。
「俺が此処に来たのはコイツを渡しに来たんだ」
そう言って俺は先程動転してうっかり落としてしまった彼女の刀を拾い上げ、彼女の手を取り握らせた。