第1章 闇色夢綺譚~花綴り~
【想、儚く、淡く】
俺がコイツ、" 名前 " と出会ったのは
雪が桜の花弁を思わせる…そんな日だった。
雪村を屯所へ連れて行く途中、それは居た。
上等な着物を身にまとい、横たわる#名前#に俺は見惚れた。
勿論、見惚れたのは俺だけじゃねぇ。
斎藤も、総司もだ。
そして、名前の傍らに落ちていたモノ。
不釣り合いと言えばそうなんだが、その創りの繊細さは彼女そのものだった。
「今日はどっかの誰かさんのおかげで厄日だね」
総司が呟き、名前に近付く。
どっかの誰かってきっと俺の事に違いねぇ…。
そう思っていると、総司がしゃがみ込んで名前を抱き上げようとした。
「あー、待て。俺が連れて行く」
拾い上げた刀を斎藤に渡し、俺は総司に静止を掛ける。
この時俺はコイツに誰一人触れさせたくなかった。
得体の知れない女、なのに俺はコイツを独り占めにしたいとそう思っちまった。
「…あーはい、はい。わかりましたよ」
総司は出しかけた手を引いて俺にその場を譲った。
鬼の副長とも謳われているこの俺が、たかが一人の女でこうも乱されるとは思いもしなかった。
「土方さん、疲れたら何時でも交代しますよ」
代わりに俺が#名前#を抱き上げると総司は俺にそう言った。
その表情は何時も見せる悪巧みの顔ではなく、狙っていた獲物を横取りされた様な、拗ねた様なそんな感じだった。
だが…
その中に少しだけ殺気が伴っていたのを俺は見逃さなかった。
「…馬鹿野郎。これ如きで疲れるか」
抱き上げた#名前#は羽根の様に軽かった。
横抱きにした手に力を入れる。
そうしていないと、コイツが消えてしまうのではないかと思わせるくらいに儚く、淡かった。
筆を硯に置き、認めた書類を乾かす。
障子に手をかけゆっくりと開けると俺の視界いっぱいに群青が広がる。
ふわりと落ちる花びらを手で受け止めると瞬く間にそれは溶けてなくなった。
「アイツに、似ているな…」
俺はその手を強く握り、舞い落ちる花弁を見つめながら儚い彼女の事を想った。