第5章 glass heart【赤葦京治】
「そんな…汚してしまいますから…」
「大丈夫です。使ってください」
確かに大切な物だけど、こんな状態の人を前に放ってなんておけない。
「ありがとうございます…」
力ない声とともに、その人は遠慮がちにハンカチを受け取った。
「お一人ですか?」
「はい…」
「よかったら、お水とか買ってきましょうか?」
「いえ…持ってるので大丈夫です。ありがとうございます」
丁寧な言葉と一緒に返される笑顔も弱々しい。
このまま一人にするわけにもいかないし…。
「どなたかに迎えに来てもらうとかは…?」
「それが今日は誰も掴まらなくて…。これから病院に向かうところだったんです」
「そうだったんですか。じゃあタクシー呼びましょうか」
「あ、助かります…。お願いできますか?」
「はい、もちろん」
気分が悪いのに電車は辛いだろう。
タクシーなら直で病院へ行けるし、着いた先ですぐに病院の人が対応してくれるはず。
スマホを取り出し、赤葦さんに電話をする。
『…もしもし?どうした?』
「あ、ごめんなさい。今、急病の女の人と一緒で」
『え?』
「表でタクシー拾っておいてもらえませんか?」
『ああ、わかった』
短くやり取りし、通話を切る。
「立てます?」
「はい…」
差し出した手に掴まり、ゆっくりと立ち上がるその人。
フラリと私の方へもたれ掛かってくる体を、咄嗟に支えた。
「すみません…」
「大丈夫ですよ。歩けますか?」
「歩けます…。ちょっと立ち眩みしただけなので…」
彼女の歩幅に合わせるよう少しずつ足を運び、トイレを出る。
駅の出口へ目を向けると、ちょうど赤葦さんが駆け寄ってくるのが見えた。
「大丈夫そう?タクシー待ってもらってるけど」
私の肩越しで女の人の頭が揺れ、か細い声が響く。
「すみません、ご迷惑お掛けして…」
「いえ、大丈、」
不自然に声が途切れた。
足を止め、驚いたように目を丸くした赤葦さん。
その口から出てきた、次の言葉は…
「遥……」