第5章 glass heart【赤葦京治】
*赤葦side*
梅雨が明け一ヶ月程が過ぎた。
この国の夏特有である湿った空気は相変わらず。
ワイシャツにネクタイのオフィススタイルも、窮屈この上ない。
ただ職場である美術館は清涼な環境下にあるため、それだけはまだマシというものだ。
「そういやぁ、明日花火大会だよなー」
「そうですね」
話しかけてきたのは、ひとつ年上の先輩。
「赤葦休みだろ?行くの?」
「行きますよ」
「え、マジで!?」
「はい」
そっちから振っておいて驚かれても。
俺の返答が意外だったようで、先輩は食いつくように続ける。
「彼女と?」
「いえ、彼女いないんで」
「じゃあ、いい感じの子とか?」
「そういうのとも違います」
「えー?そんじゃあ何なの?」
「 "何" って…」
人に説明する時、汐里は…
「友達…ですよ」
うん…これ以外の答えなどない。
「友達ぃ~?いい仲じゃないのに二人で花火なんて行かなくね?」
「友達同士でも行く人間はいるんです」
あなたの常識が世の中全てのソレではありません。
…と付け加えたいところだが、一応先輩だしそれは飲み込んだ。
「ま、なんでもいいけどさ。もし浴衣姿でドキドキムラムラしちゃったら、ソレ、友達とは言わねぇからな?」
ニヤリと笑う顔は誰かに似ている。
あー、そうか。黒尾さんだ。
だからこんなにも心の中で悪態ついたり、突っ込んだりしたくなるのか。
ダブった面影に気づき妙に納得する。
そのおかげで、先輩の今の台詞は頭の端の端に追いやられてしまった。
花火大会当日。
茹だるような暑さは今日も変わらず。
雨が降らなかったことは良かったけれど、日が傾き始めて尚この暑さ。
纏わりつく汗が鬱陶しくて、Tシャツの胸元をパタパタ扇ぐことでそれを誤魔化す。
混雑を避けるため、汐里には少し早めの電車を指定しておいた。
車両に乗り込んだ途端冷気が一気に肌を包み、さっきまでの不快な感覚は薄れてゆく。
まだ大して混んでいないものの、空席はない車内。
扉のそばに立ったまま数駅を越した所で、汐里の家の最寄り駅に到着した。
乗車する時、一両目に乗ることはメッセージしてある。
流れ込んで来る乗客。
その波に目を向けていると、落ち着きある水色の浴衣の女性が下駄を鳴らして入ってきた。