第5章 glass heart【赤葦京治】
もう、遥さんに遠慮することはない。
だからと言って、手放しに喜んだりはできない。
それなのに心のどこかでは、ほんの少しの期待に浮わつく自分がいる。
こんなのまるで、人の不幸を喜んでいるみたいじゃない…。
考えれば考えるほど、私は綺麗な人間じゃないんだって、思い知らされる。
相変わらず人のひしめく車内。
ただただぼんやり自分の黒いレインブーツを見つめていると、バッグの中でスマホのバイブが鳴っているのに気づいた。
ちょうど駅に到着したため乗客と共に電車を降り、ホームの隅でそれを取り出す。
ディスプレイの表示は、"木兎光太郎" 。
「光太郎さん…!」
着信が途切れてしまう前にと、忙しなく指をスクロールする。
「…っ、もしもし!?」
『よお、汐里!今いつもの店に来てんだけどさ。仕事終わってんなら、一緒に飯食わね?』
お客さんであろう複数人の声をバックに、張りのある光太郎さんの声が届く。
まるで救いの手のように感じた。
今夜テツさんに話を聞いてもらうのは無理そうだし、光太郎さんに相談してみよう。
もう自宅の最寄り駅に到着してしまったけれど、引き返すことを手間なんて感じないほど、こっちは切羽詰まっている。
迷うことなく、電話口で前のめりになった。
「行くっ!行きます!あの、私聞いてもらいたいことが…」
『赤葦も一緒にいるからさ!んじゃ、待ってるなー!』
「……え」
声が途絶えたスマホに、呆然と視線を落とした。
そこに映し出されているのは見慣れた待受画面。
もう繋がっていないのを承知で、勝手に声が漏れる。
「赤葦さんいるなら先に言ってよぉ…」
どんな顔して会えばいいの…?
心の準備なんて、もちろんできていない。
大きく深呼吸を繰り返しながら、取りあえずはまた電車に乗る。
光太郎さん指定の "いつもの店" は、職場近くのバー。
テツさんともよく訪れているお店で、こぢんまりした隠れ家的な雰囲気がある。
目的の場所まで数駅の距離。
この緊張した状況下では、まるでポンと飛び越えてしまったかのようにすぐその場所まで到着した。
バーの扉を開く前に、もう一度手鏡で自分の顔を確認する。
ちょっと引き攣ってる…
自然に、自然に。
キュッと口角を上げて…
いざ…!