第5章 glass heart【赤葦京治】
ゴールデンウィークが終われば、また日常は回りだす。
仕事で疲れた体に追い討ちをかけるように満員電車に揺られ、最寄り駅に到着するのをひたすら待つ。
やっとのことで屋外へと足を踏み出せば、そこには梅雨の訪れをまざまざと感じさせる不快な空気が漂っていた。
「湿気すご…」
毎日傘が手離せない。
紺色のそれを開き、歩き慣れた道を行く。
スーパーに立ち寄るのは日課。
缶ビールと惣菜、目的のものだけを買い、自宅へ向かう。
その途中。
前方の視界に、赤い傘が映った。
こちらに向かって歩いてくるのは…
「あ、ツッキー…」
……汐里だ。
「…どうしたの?」
傘を持つ手と反対側に、いつもどおりエコバッグを持っている。
それなのに、汐里が歩いて行こうとしているのは駅の方角。
「今日ね、鍵持って出るの忘れちゃったみたいで。まだ家族誰も帰ってきてないんだ」
「はぁ…バカ」
「酷い!せめてドジって言ってよ」
「ドジ」
「……」
「どこ行くつもりだったの?」
膨れっ面の汐里に尋ねてみれば、駅前の本屋で時間を潰そうと思っていたらしい。
「そんな荷物持って?」
「だってしょうがないじゃん…」
まあ家に入れないとなると、どこかで時間をやり過ごすしかないよね。
家族が帰るまでどのくらい待たなきゃいけないのかは知らないけど……
「……うちで待つ?」
「え…」
汐里は驚いた顔で僕を見上げた。
まあ、別に僕だって鬼じゃないし。
雨だって降ってるし。
帰りが遅くなったら、夜道危ないし。
今の自分の発言を正当化する理由を、いくつか頭に並べてみる。
「いいの?」
汐里は目を丸くする。
「いいよ。別に」
「ありがとうっ!ツッキー優しいね!」
「……」
ほら…
こういうことすぐ言えるんだよね、汐里は。
嬉しい、楽しい、腹が立つ、悲しいって、感情がストレート。
その上、その感情をちゃんと言葉にできる。
今の台詞だって、おだてて言ってるわけじゃなく心からスッと出てきたものなんだってわかる。
憎まれ口叩いてくるクセにこんな調子だから、本当肩透かしを食らうこともしょっちゅう。