第5章 glass heart【赤葦京治】
「今日はありがとうございました」
「俺も楽しかったよ、ありがとう。忘れ物ない?」
「はい。あ、これ」
汐里は手にしていたショップバッグを俺に差し出す。
「…?何?」
「ハンカチのお礼です」
袋の中を覗けば、遊園地のロゴが記された小さな箱が入っている。
「コーヒーなんですけど、よかったら」
いつ買ったんだろう?
月島のキャンディーと一緒に?
「そんな気遣わなくてよかったのに」
「それを言うなら、赤葦さんだって」
「そっか。じゃあ、ありがとう」
「はい。私もありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
そう言いながら笑う彼女を見て、ハンカチを選んだ時のことを思い出した。
汐里は明るくて元気で時に豪快な性格だけど、細やかさや女性らしさ、人の感情の機微を汲み取る繊細な部分も合わせ持つ女の子だ。
何より、温かい日差しのような眩しい笑顔は、どんなに小さくてもそこにあるのがちゃんとわかる。
まるで春の訪れと共に咲く、マーガレットみたいだと思ったんだ。
「帰り道、気を付けてくださいね」
そう言いながらシートベルトを外す汐里の手元を見ていて、ふと、おかしな感情が湧き上がる。
今まで、こんなに汐里と密に過ごしたことはなかった。
朝からずっと一緒にいたし、それに…
何度か汐里に触れもした。
だから…
だろうか?
汐里が帰っていくことが
少しだけ…、寂しい……。
今日汐里の手を握ったのは、二回。
一度目は、お化け屋敷で怖がる彼女を安心させるため。
二度目は、下衆な男たちの視線から汐里を遠ざけるため。
でも今、何の目的もなくこの手に触れたいと思っているのは…
一体、どういうことだ…?
「じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ…」
助手席のドアを閉め、窓の向こう側で小さく手を振る汐里。
俺もそれに返しつつ、アクセルを踏み込んだ。
やっぱり何だか物悲しい。
例えるなら、つい今まで愛でていた花を摘まれてしまったかのような…。
一人の車内が、やけに広く静かに感じる。
おかしな気持ちを紛らわせるために音楽のボリュームを上げ、俺は家までの道を走らせた。