第5章 glass heart【赤葦京治】
車のヘッドライトで埋まる道路を静かに走らせる。
往路では弾けるような声が充満していた車内は今、静かなものだ。
「光太郎さん、よく寝てますね」
「うん。疲れたんだろうね」
後部座席で一人寝息を立てている木兎さん。
まるで、スヤスヤという擬音が聞こえてきそうだ。
「汐里も眠かったら寝てていいよ」
「いえ、大丈夫です。赤葦さんこそ疲れてるのに運転すみません」
「俺は全然平気」
「あ、ガム食べます?ミント味」
「ありがとう。何か汐里のバッグって何でも出てくるね。カイロとかウェットティッシュとか…ほら、前迷子の男の子にクッキーもあげてたし」
汐里がくれたガムを口に入れながら、頭の中で青い猫型ロボットを想像する。
「便利かもって思うとつい詰め込んじゃって。でもクッキーはたまたまですけどね。元気かなぁ、良太くん。可愛い子でしたよね」
「うん。でもおじさん呼ばわりされたことは少し根に持ってる」
「そうそう!あれは内心笑いました!」
クスクスと思い出し笑いする汐里をジトッと見遣れば、今度は茶目っ気のある顔でこちらを覗き込む。
「大丈夫です。赤葦さんはまだまだ素敵な "お兄さん" ですから」
「ありがとう、お姉さん」
俺がそう返せば、また楽しそうに汐里は笑った。
無理に作った笑顔よりよっぽど魅力的だ。
もちろんそうさせていたのは俺だから、今までのことが申し訳なくなる。
でもあくまでもそれは、遥と付き合っていた時に感じていた自惚れた疑惑。
今、汐里の気持ちがどこにあるのかなんて正直わからない。
となると、"申し訳ない" なんて感情は傲慢なのかもしれない。
そうだ。だってこの先、月島と…なんてことも、ゼロではない訳で。
まあこれは、俺が勝手に飛躍しているだけなのだが。
木兎さんを降ろしたあと、20分程で汐里の家に到着する。
ハザードランプを点灯させ、静まり返った住宅街の道路脇に車を停めた。