第5章 glass heart【赤葦京治】
止まりそうになる汐里の手を引きつつ、"進路" と記された矢印の方向に進む。
理科室の中には、ホルマリン漬けにされたよくわからない爬虫類がずらりと並んでいた。
それから部屋の奥にはやはり、人体模型が二体。筋肉を模したものと、人骨を模したタイプだ。
「もう…あれ絶対怪しい…!」
声を上擦らせて汐里は人体模型を指差す。
確かに怪しいと思いつつそちらに向けて一歩踏み出すが、二歩目はグッと握られた手によって阻まれた。
「待っ…待って…。心の準備、いる…!」
何故か片言になり始めた汐里に、取りあえずは「わかった」と小さく返す。
しかししばし待機するものの、"心の準備" が整う気配はない。
俺の手を握る汐里のそれには、グッと力が込められている。
恥じらいや戸惑いはもはや忘れ去られているのだろう。
「あと10秒したら行こうか」
「ええぇぇぇぇ…!?」
情けない声を出す汐里。
眉毛がハの字になってる。
……ごめん、何かまた可笑しくなってきた。
「だって後ろから人来るかもよ?」
「そ、ですね…」
「じゃあ数えるよ。1、2、3、4、」
「はやっ!早いですって!」
「ゆっくり数えてもキリないと思うんだけど。5、6、7、8…」
「そんなぁ!」
「10秒経ちましたー」
「赤葦さんの鬼っ!赤鬼ー!」
「はいはい。赤鬼でも青鬼でもいいから行くよ」
無理矢理手を引っ張って人体模型のそばまで近づいて行く。
パッと見、昔理科室にあったような普通の人体模型に見えるけど…。
ジッと目を凝らしていると、突如壁に設置されていた僅かな灯りが消え、足元の蛍光灯だけが残る。
「なに…っ!?」
ビクッと跳ねる汐里の肩が視界の端に映ったと思った途端、また壁の灯りが照らされた。
「いやぁぁぁっ…!!」
目の前にあったはずの人体模型は、僅かな時間の間に血糊を被った男子生徒(役のスタッフ)に入れ替わっていた。