第5章 glass heart【赤葦京治】
汐里のあまりの狼狽えぶりに、思わず吹き出しそうになったことは秘密だ。
確かにあの幽霊は不気味だったし怖い部類に入るとは思うが、声を上げるほどではなかった。
けれど、汐里にとっては違ったらしい。
汐里は俺の背中にしがみついたまま、脱力したように大きく息を吐く。
ああ…本当に怖かったんだな…。
その姿を見ていたら、先程吹き出しそうになった自分が酷い人間に思えてきた。
それと共に、怖がる汐里を何とか宥めてやりたくなってしまう。
とは言え、暗闇で背中にしがみつかれたままではお互い転びそうで危ない。
せめて隣に来て欲しい。
「手、繋ごうか?」
汐里の前に、それを差し出す。
「…え?」
俺を見上げる汐里の瞳は、暗がりでも分かるほど丸くなった。
次に一瞬の間を置いて、ふるふると首を振る。
「大丈夫です…」
「でも、怖いんだよね?」
「いえ、ちょっとビックリしただけで」
「ちょっとどころに見えなかったよ?」
「え…?」
「俺、あのお化けより汐里の悲鳴にビックリしたし」
「…う…赤葦さん意地悪…」
「うん。意地悪言われたくなかったら、ほら」
「……」
少しの沈黙のあと、汐里はおずおずと自分の手を伸ばしてくる。
が、途中でそれを止めてしまう。
理由は想像がつく。
きっと、俺と手を繋ぐなんて遥に悪い…とかそんなところだろう。
汐里はそういう気遣いをしてくれる子だ。
でも…
生憎、もうそんな気遣いも心配も必要ない。
「後ろから人来ちゃうから。行こう」
有無を言わさず汐里の手を握り、俺たちは歩き出した。
言われるがまま俺に手を取られていた汐里だったが、段々とその細い指先を握り返してくる。
チラッと隣を見下ろせば、警戒するようにそわそわと周りを窺っていた。
進路に示された先には、"理科室" と表示されたプレート。
そう言えば昔、人体模型が夜中の学校を走り回る…なんて怪談が流行ったっけ。