第5章 glass heart【赤葦京治】
「帰る!」
込み上げてくるものを隠すように顔を背け、玄関に向かってズンズン歩いて靴を履く。
まだ泣かない…
ツッキーに泣き顔見られるなんて、絶対嫌!
玄関の扉を開け放し、足早にツッキーの部屋から離れ、アパートの敷地内を出たところで…
ようやく張り詰めていた糸は切れた。
「…っ、…うぅ、っ…」
堪えていた分、溢れ出したら止まらない。
涙を拭いながら乱暴に脚を運び、私は一人家へと帰った。
あれから数週間。
ツッキーとは近所で会うこともないし、連絡もない。
あんな八つ当りみたいなことして、引いたかな……。
ううん、引かれたって別にいいもん。
あ、だけど…
"やっぱりツッキー、優しくなんかないよ!"
あれは、言っちゃいけなかったかな…。
春の陽気も漂うようになった、3月の終わり。
朝晩はまだ寒いけれど昼中はポカポカと暖かい。
桜の蕾もふんわり膨らんで、ちらほらと綺麗な花びらも見られるようになる。
そんな、天気のいい休日。
今日は光太郎さんと赤葦さんとで、遊園地へ出掛ける日だ。
「おはよう」
「おはようございます。すみません、車出してもらっちゃって」
「いいよ、運転苦じゃないから」
約束した時間に、私の家まで迎えに来てくれた赤葦さん。
三人の家の位置関係から、赤葦さんが私を拾い、そのあと光太郎さんちを経由して遊園地へ行くのがスムーズな流れなんだそうだ。
助手席に促され、シートベルトをする。
「覚えててくれたんですね、私の家」
「月島の家知ってるからね」
「そうでした」
「あ、そうだ」
出発するのかと思いきや、赤葦さんはハンドルから手を離し、ダッシュボードに置かれた小さなショップバッグを掴んだ。
「これ、ありがとう」
「え…?」
差し出された袋の中を覗いてみる。
そこには赤葦さんが怪我をした時傷に巻いた、私のハンカチ。
もうひとつは、何かが入った紙袋。
「処分していいって言ってたけど、人の物を捨てるのは気が引けたから。そっちは新品」
「…買ってきてくれたんですか?」
「うん。洗濯はしたけどさ、傷口に巻いたものだから使うの気持ち悪いんじゃないかと思って」
「そんな!よかったのに…」
「まあ別に大したものじゃないし。貰ってくれる?」