第5章 glass heart【赤葦京治】
遠い昔のことに想いを馳せていると、玄関の扉が開く音がする。
遥が帰ってきたのだとわかり、身を起こした。ズキズキ痛む腰を庇いながら立ち上がり、遥を迎える。
浮かない顔をした遥と視線が交わった。
「遥…ごめん、本当に。さっきの、深い意味なんてないから…」
「…うん、わかってる。あ、お昼カレー作ろうと思って。食べられる?」
「…ありがとう」
「じゃあ寝てて?明日仕事行けなくなったら困るでしょ?」
背中を押され、ベッドに戻される。
仰向けになってボーッと天井を眺めながら、ただ時間が過ぎていくのを感じていた。
キッチンからは、包丁で野菜を切る音。
食器が重なる音。
そして、食欲をそそるカレーの匂い。
廊下をパタパタ歩く気配がすると思ったら、今度は洗面所から洗濯機を操作するボタンの音が聞こえてくる。
せっかくの夏休み。
計画していた旅行がダメになった挙げ句、俺の身の回りの世話だなんて。
本当、遥には悪いことをしてる…。
長いため息をつき寝返りを打ったタイミングで、寝室のドアが開いた。
「京治」
俺を呼んだきり何も言わない遥。
不審に思い、少し体を起こす。
「…何?」
「これ、誰の?」
遥の手の中にあるのは、昨日汐里が傷の上に巻いてくれたピンク色の花柄のハンカチ。
処分してかまわないと言われたけれど、幸い汚れずに済んだことだし、その判断は汐里に任せようと思っていた。
洗濯をして、新しい物も添えて返すつもりでいたんだけど…。
遥の不機嫌そうな顔で察する。
変な誤解をしてる…。
「友達のだよ。昨日、怪我した時に借りたんだ」
ありのまま。
何も嘘なんてない。
ところが遥は、別の角度から不満を漏らす。
「木兎さんたちの集まりって女の子もいるんだ。聞いてないよ、私」
「……」
確かにわざわざ言ってはいないけど…。
これは俗に言う、男女間で生じる価値観の違いというものなのか?
「ただの友達だよ。元々は黒尾さんの後輩。二人で会うとか、そんなんじゃないし」
「どんな子?綺麗な子?」
遥の瞳が、不満と不安で揺れているように見える。