第5章 glass heart【赤葦京治】
一気に血の気が引いていく。
秋本さんは割れたガラスの破片で左腕を切っていたのだ。
騒然となる室内。
『いやあぁあああぁぁ…っ!』
秋本さんは取り乱し、震える手で泣きながら傷口を押さえている。
『秋本さん!』
ハンカチを取り出し、咄嗟にそこへ当てた。
強く押さえるものの、血液が滲みてくる。
『秋…本さん…、ごめ…っ!あ…っ、と…、そうだ!保健室!行こう!』
こんなに狼狽えたことは、今までにないと思う。
俺を殴った当人もこの惨状はまずいと思ったのか、上擦った声で侮蔑した台詞を吐き捨てた。
『おっ、俺は悪くねーぞ!!赤葦が吹っ飛んだせいだからな!!』
背後で聞こえるそんな声には、とても反応できる状態じゃなかった。
当然、もう授業どころではない。
何人かの先生が理科室にやって来たのと入れ替わりに、俺と秋本さんは保健室へ向かった。
消毒薬の匂いが鼻につく独特な部屋の中。
養護教諭の先生が秋本さんを宥めながら、担任と深刻な顔で話をしている。
『取りあえず止血はできたけど、この傷じゃ縫合しないと。今から病院に連れて行きますので』
『お願いします。親御さんには直接向かってもらいます』
『ええ、そうしてください。赤葦くんは?気分悪くない?頭打ったりしてないわよね?』
突如話を振られ、呆然とする思考を何とか揺り起こす。
『…はい、大丈夫です…』
『ソコ、しっかり冷やしておくのよ?』
先生は自分の頬を指差しながらそう言うと、秋本さんを連れて保健室を出て行ってしまった。
しゃくりあげながら泣き続ける秋本さんとは、一度も目は合わなかった。
"赤葦が吹っ飛んだせいだからな!!"
そうだ…
本当に…。
俺があの二人を止めていれば…
いや…その前に、もっと周りに気を配っていれば…
秋本さんを傷つけることなんてなかったんだ…。
殴られた頬は何故か痛くない。
保冷剤で冷やしてみても、冷たさも感じない。
まるで、頭がそれを拒否しているように。
秋本さんの体も心も、俺が傷つけた。
自責の感情…ただそれだけが、胸にこびりついて離れなかった。