第5章 glass heart【赤葦京治】
中学三年生の春。
その日の美術の授業は、石膏のデッサンだった。
バレーの他に俺がもうひとつ夢中になれたもの。
それが、絵を描くこと。
スケッチブックに鉛筆を走らせている時間。
キャンバスに色彩を重ねていく作業。
無心になることができ、とても落ち着く。
約一時間集中しひととおり描き上げたあと周りを見てみれば、既にざわざわと雑談が飛び交っていた。
先生も黙認しており、生徒の中の一人と話をしている最中だ。
鉛筆と消しゴムをしまい、机の上を片付け始める。
そんな中、ふと感じる視線。
隣の席の女子と目が合った。
3年生に上がり、初めて同じクラスになった子だ。
『あ…ごめんね。つい見ちゃって。赤葦くん、すごく絵上手いんだね』
お互い出席番号が一番同士だから、教室でも教室移動でも席が隣の彼女。
秋本遥さん。
挨拶程度にしか話したことはない。
『この前、何かのコンクールでも表彰されてたよね?』
『ああ…あれは、たまたまだよ』
『え?たまたまで賞なんてもらえないよ!』
うちは父親が美術関係の仕事をしているから、子どもの頃から自然と絵に触れる機会が多かった。
父の知り合いの先生にずっと絵を習ってはいたけれど…。
入賞はしたものの、俺は上位に食い込むような実力は持ち合わせていない。
自分の才能の程度はわかっているつもりだ。
でも秋本さんは俺のスケッチブックから視線を離そうとはせず、もうひと言ふた言、賛辞の言葉をくれた。
妙に照れくさかったのを覚えている。
バレーの試合なんかで一時的に黄色い声援をもらうことはあっても、こんな風に面と向かって真面目な顔して褒められたことはない。
取りあえずお礼を言い、俺はスケッチブックを提出しに席を立った。
それから3ヶ月。
バレー部は最後の大会に向けて、朝早くから夜遅くまで練習漬けの日々。
今年は受験もあるから学業もおろそかにできず、帰ったら食事に風呂に勉強と、忙しなく毎日が過ぎていった。
あっという間に梅雨も明け、季節は夏。
一学期の終わりが見えてくる。
そんなある日のことだった。